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この国にはユメもキボーもありゃしない。新規採用と給与の削減

先日、海上保安大学校の練習船「こじま」が遠洋航海に出港した。

練習船「こじま」が遠洋航海へ出港

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 海上保安大学校の練習船「こじま」(2950総トン、藤井康志船長ら乗組員43人)が7日、呉市若葉町の同校桟橋から世界一周の遠洋航海に出港。在校生や家族、地元の園児らが帽子を振るなどして見送った。船舶運航の実技習得と国際感覚を養うため、専攻科実習生ら41人が乗船。太平洋を横断し、地中海、インド洋を経て8月11日に帰港予定だ。瓜生晴彦校長は出港式で「東日本大震災で各国から寄せられた支援への感謝の気持ちや、復興に向け着実に前進していることを伝え、役目を果たしてきてほしい」と激励した。


航海技術習得へ練習船出航

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 呉市の海上保安大学校の練習船こじま(2950トン)が7日、97日間、約4万7千キロに及ぶ世界一周の航海実習に出発した。3月に本科を卒業した実習生37人や選抜された海上保安官4人が航海技術などを学ぶ。

 出港式では、瓜生晴彦学校長が「知識・技能の一層の習得と指揮統率力の涵養(かんよう)に努め、国際人として成長も図ってほしい」と激励。実習生代表の天野優香さん(22)が「国民に信頼される海上保安官になるための素養を高めたい」とあいさつした。

学校長の激励の中で東日本大震災に触れているが、実は海保大・本科専攻科学生の中にははその被災地に赴いていた者もいる。もちろん卒業前なので実務・実際の救援活動ではない。日本財団と学生団体が行ったボランティア活動だ。

東日本大震災における学生ボランティア参加(平成23年4月29日~5月3日)
東日本大震災における学生ボランティア参加(平成23年6月3日~6月7日)
専攻科 東日本大震災復興ボランティア参加(平成23年8月29日)

【ボランティア 被災地通信】Vol.1 規律ある海上保安大学校生
学生ボランティア その1-日本財団会長 笹川陽平ブログまた、海上保安学校からもボランティアへの参加があった。

被災地でボランティア、海保学生が活動報告 舞鶴

ちなみに、このボランティア活動によってほかの大学・高校等から来た学生にも海上保安体操が広まっていったという。

今回遠洋航海に出た学生の中には卒業後、被災地へと配属される海上保安官もいることだろう。
震災は海保にとって被害と苦難を与えただけではない。

海上保安学校では受験者数が過去最多となった。一時期の海猿ブームでも見られなかった現象である。

海上保安学校、受験者最多…震災で「役立ちたい」

 海上保安官を養成する海上保安学校の今年度秋採用試験の受験者数が約6800人と過去最多になったことが、海上保安庁のまとめでわかった。

 なかでも第3管区海上保安本部(3管)が管轄する自治体の受験者数はほぼ倍増しており、公務員人気に加え、東日本大震災で海保の活動が関心を集めたと見られる。

 同庁によると、採用試験は全国11管区の海上保安部が所在している都市で行われる。2011年度秋採用試験の受験者数は6812人で前年度比15%増加。うち3管の保安部が置かれている東京都と横浜・静岡両市は981人で同91%増の最大の伸びとなった。

 3管人事課によると、採用試験の面接で「震災で、人の役に立ちたいと思った」と志望理由を語る受験者もいるという。

震災が、受験希望者に新たな決意を与えたともいえる。

入学生の中にはこうした固い意志を持った者が数多くいると信じたい。

海上保安学校:入学式 女子46人、過去最多--舞鶴 /京都

 舞鶴市長浜の海上保安学校で13日、4月期の入学式が行われた。船舶運航システム、航空、情報システム、海洋科学の4課程の計194人が海上保安官としての第一歩を踏み出した。女子学生の入学は過去最高の46人。

 新入生らは在校生と共に校門前の桜の下を分列行進し、来賓や保護者に晴れ姿を披露した。

就職難からの公務員志向・安定志向の結果だという声もあるが必ずしもそうではない。実際に今回、入学した若者の中には津波で父親を亡くした震災遺児も含まれるのだ。

「海で命救う」海保目指す 震災遺児、ロスで支援訴え

 東日本大震災の津波で父親を亡くし、今春、宮城県の高校を卒業してあしなが育英会の支援で進学予定の男女2人が13日、ロサンゼルスで開かれた大震災の追悼行事で震災遺児への継続的な支援を呼び掛けた。

 同県美里町の佐藤大地さん(18)の父親、直さん=当時(51)=は地震直後に仙台市内の老人ホームで避難を手伝った後で津波に襲われ、10日後に遺体で見つかった。

 佐藤さんは海で働くことを意識するようになり、4月に海上保安学校(京都府舞鶴市)に入学予定。将来は、厳しい訓練を経た潜水士らが所属する特殊救難隊を目指す。



3.11東日本大震災1周年 ―津波遺児支援のための一年間の歩み―

佐藤君は今春、海上保安大学校に入学して救命ダイバーを目指して勉強しています。父親を奪った海に立ち向かい、将来また津波が日本を襲ったとき、犠牲になった人たちの遺体を一体でも多く捜し出して、家族の元に反してあげたいという思いから猛勉強して、10倍の難関を突破して入学を果たしました。


メディアではほとんど大きく報じられていない被災地での海上保安庁の活動だが、現地ではその懸命な姿が焼き付けられているのだろう。

一方で、この国の政治家にその姿は届いていない。

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tag : 海上保安庁 練習船 「こじま」 東日本大震災

2012-05-12 : 海上保安庁 : コメント : 8 : トラックバック : 0
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