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一年と2ヶ月が過ぎた被災地における海保の活動

日本を襲ったあの災害から既に1年と二カ月が経過した。被災地から離れた地に住む人々の関心は薄れ、もっぱら原発・電力問題や放射能汚染問題ばかりがメディアを賑わせている。

だが、現地では今もあきらめずに捜索を続ける人々がいた。警察と海保である。

震災不明者を一斉捜索 宮古署と海保合同で

 宮古署と宮古海上保安署などは9日、合同で震災の行方不明者の一斉捜索を行った。震災発生から1年2カ月となる11日を前に、参加者は宮古、山田両市町の海上と陸上で遺品や遺骨を捜した。
 捜索場所は陸上が同市重茂地区と同町船越地区、海上が宮古湾、同市重茂地区、船越湾。同町船越では、地元の交番所員ら計10人が海岸沿いの岸壁や沢周辺を調査したり、とび口を使って砂の中や山林を捜した。

 同日は同市重茂の砂浜や山林で骨のようなもの十数本が見つかった。人のものと分かればDNA鑑定する。

  宮古署管内では1日現在、250人が行方不明となっており、昨年9月15日に同町で発見されて以来、遺体は見つかってない。



震災不明者を宮城沿岸で集中捜索 海上保安部

 東日本大震災発生から1年2カ月となった11日、宮城海上保安部は宮城県内の沿岸で、行方不明者を約110人態勢で集中捜索した。警察庁によると、県内の行方不明者は9日現在で1581人。
 捜索には巡視船などが出動。浅瀬ではゴムボートを使うほか、ソナーで海底に車などが沈んでいないか確認した。
 石巻市十八成浜では巡視船まつしまの乗組員35人がゴムボート2隻と警備救難艇1隻で湾内を捜索。気仙沼湾などでも実施され、飛行機やヘリコプターで空からも捜した。〔共同〕


震災不明者を集中捜索 宮城沿岸、110人態勢

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ゴムボートで行方不明者を捜索する宮城海上保安部の職員
=11日午前、宮城県石巻市十八成浜


震災から1年2か月、宮城で不明者集中捜索

 11日の集中捜索は、石巻や気仙沼など県内6つの海域で110人が参加して行われた。このうち石巻市十八成浜では、海中探査用のソナーをつけたゴムボートに隊員が乗り込み、漁港付近の海中を調べた。

 8日に県が公表した死者は関連死も含めて1万162人、行方不明者は1581人となっていて、宮城海上保安部は今後も毎月11日に集中捜索を行うことにしている。(05/11 23:36)


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巡視船「まつしま」は「あの日」洋上にて津波に遭遇し、その時に撮影された映像は世界中を駆け巡った。上記写真に写っているRHIB/GB(PL126-M3)と動画の高速警備救難艇(PL126-M1)は巡視船「まつしま」搭載艇である。動画ではRHIB/GBに搭載されたソーナーの様子がよくわかる(座席の本体表示部と船首のセンサー部)。ソーナーは、以前当ブログで掲載したHDSのようだ。

関連エントリ:今年最後の大捜索、ソナーと水中ロボットROVも投入。しかし・・・

「しれとこ」型は順次更新されており残り少なくなってきた。同型に所属する「まつしま」も解役される日は近いだろう。震災不明者の捜索が最後の大仕事、奉公となるのではないだろうか。

大震災1年2か月 行方不明者の集中捜索

このうち釜石港では警察官と海上保安官あわせておよそ80人が出動式を行い、湾内には巡視船が出て、潜水士6人が深さ16メートルほどの海に向かいました。きょうは波が高く海中の視界も悪い中での捜索となりましたが潜水士たちは何とか不明者の手がかりを見つけようと潜水を繰り返しました。巡視船きたかみの宮本順之船長は「我々海上保安庁としては引き続き行方不明者をご家族の元へ早く戻したいと考え、一所懸命我々にできることを今後もずっと続けていきたい」と話していました。

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上記ニュース映像で写っているオレンジ色のボートは巡視船「くりこま」の潜水支援艇(PL06-M1)だ。同船は当直のみの停泊時に津波が襲来、そのまま流され座礁した。船底などの損傷は厳しかったが、長い修繕工事から復旧し今ではこうして捜索作業に当たっている。くりこま潜水班は本船が被災し運用不能となっても被災直後から捜索救援活動を実施していた。

巡視船「きたかみ」(PM02)は地震発生とともに緊急出港するも、釜石湾内で津波に遭遇。懸命の操船で切り抜けた。その時の緊迫した船内のやりとりも映像に残されている。同船も「まつしま」と船齢が近いため解役は、そう遠くない。

東日本大震災:釜石、大槌湾内で行方不明者を集中捜索

 釜石港で全員が海上を向いて犠牲者に黙とうをささげた後、湾内の沿岸部や河川などを陸と海から捜索した。釜石海保は巡視艇を出し、宮城海保から出向の潜水士チームも加わった。釜石市の公共ふ頭近くの海底を捜索した潜水士の小野寺真人さん(26)は「視界は約1メートルと良好とはいえないが、行方不明者をなんとか見つけ、お帰ししたいという気持ちです」と話した。捜索で、運転席がつぶれた状態の車を発見、車検証を引き上げた。

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岩手県警釜石署と釜石海上保安部により、実施された東日本大震災・行方不明者の合同集中捜索を前に、
海上に向けて黙とうをする捜索員ら=岩手県釜石市港町の釜石港官庁専用桟橋で2012年5月11日、高尾具成撮影



海保と警察の捜索活動は、震災から1年を機に各地で順次実施されている。先月、報じられている捜索活動の一部だけで以下の通りだ。

海保、県警合同で懸命の捜索 震災月命日に

釜石海上保安部と県警は東日本大震災の月命日の11日、陸前高田市などで行方不明者の集中捜索を行った。震災から1年1カ月、県内では今なお1225人が行方不明(11日現在、県警まとめ)。被災者は帰らぬ家族を切実な思いで待ち続ける。職員らは「不明者がいる限り、震災当初と変わらぬ思い」と懸命に活動したが、この日は新たな発見に至らなかった。

 海保は巡視船など4隻、35人態勢で活動。陸前高田市の広田湾ではソナーで海底を探り、車や家屋らしき物体の場所を記録しながら捜索を続けた。

 釜石海保警備救難課の阿部富二専門官は「一人でも多くを家族の元に帰したい」と思いを込めた。

 県警は宮古署42人、大船渡署35人態勢で、同市と大船渡市、宮古市、山田町で海沿いの陸地を中心に、小さな岩やがれきの裏などを丁寧に調べた。一方井文彦宮古署長は出動式で「被災者の気持ちに応えるよう、懸命に取り組んでほしい」と激励した。

 今月上旬の低気圧通過で海が荒れたことから、新たな発見も期待されたが、同日は見つからなかった。


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【写真=ソナーを使い、海底を捜索する釜石海上保安部職員
=11日、陸前高田市・広田湾】


東日本大震災:行方不明者の一斉捜索行う--南相馬・小高区 /福島

毎日新聞 2012年04月24日 地方版

 県警は23日、警戒区域解除後、初めて南相馬市小高区で、福島海上保安部も加わり、行方不明者の一斉捜索を行った。

 捜索範囲は津波被害を受けた新地町からいわき市までの沿岸部。満潮と干潮の差が大きい大潮期間中を狙い、干潮時間帯(午前11時前後)に約120人を動員した。


1年ぶり、大沢漁港周辺の海中捜索 気仙沼・唐桑

 宮城県気仙沼海上保安署などは24日、東日本大震災の行方不明者捜索の一環として、気仙沼市唐桑町の大沢漁港周辺で約1年ぶりとなる海中捜索をした。
 近くの小原木地区で6人が行方不明になっているという情報を元に、宮城海上保安部所属の巡視船「くりこま」のダイバー6人が潜水した。水温5度の海中を何度も潜り手掛かりを求めたが、この日は不明者は見つからなかった。
 潜水班長の藤田伸樹さん(37)は「まだ見つかっていない人は多くいる。物が見つかれば身元の判明にもつながるので、できる限り捜したい」と話した。25日も大沢漁港で捜索する。

2012年04月25日水曜日

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港内を捜索する宮城海上保安部のダイバーら

1年を越す月日が経っても、被災し大切な人を失った人々には何の節目にもなりはしない。しかし、そうした月日を捜索に当っていた海保にとっては一年は一つの契機となった。事実上の捜索体制の縮小である。

震災不明者捜索、全国の海保巡視船派遣は終了へ

 海上保安庁は21日、東北沿岸部で実施している東日本大震災の行方不明者捜索について、全国各地からの巡視船艇などの派遣を今月中に打ち切り、4月以降は宮城県塩釜市の第2管区海上保安本部が単独で継続すると発表した。

 海保は震災発生以降、最大で1日あたり巡視船艇54隻、航空機19機を投入して東北沿岸の1024か所を捜索。これまでに395人の遺体を収容し、うち52人を潜水捜索で発見した。今後は、2管本部の巡視船艇20隻、航空機5機程度で捜索を続けるという。

 派遣終了は、東北沿岸の全港湾で捜索を行ったことや、尖閣諸島周辺の領海警備などに船艇を振り分ける必要があることから決まった。鈴木久泰同庁長官は21日の定例記者会見で、「まだ多くの行方不明者がおり、震災対応の柱として、今後も捜索を続けていきたい」と話した。

(2012年3月21日20時17分 読売新聞)

米軍、自衛隊、消防援助隊、警察広緊隊が順次任務終了、撤収する中、全国からの派遣を長らく維持し続けた海保もようやくその体制を終了した。他の機関に比べ人員規模が小さい海保にとっては驚異的な派遣期間だったといえる。これは津波という沿岸部における大規模な災害で行方不明者の大部分が海にさらわれたと考えられている点や、地元を管轄する第二管区海上保安本部自身が深刻な被害を受け本来になうべき通常の任務を維持できなくなってしまっていたことなどが挙げられる。実際、行方不明者の捜索活動だけではなく、哨戒活動や洋上救急待機などの業務も派遣巡視船は行っていた。一方で、他の管区での任務が減ることはない。そのため潜水士や指定船の不足のほか、特に尖閣諸島などの哨戒警備活動でも支障が懸念されていた。派遣され捜索に当っている潜水士や乗員などの海上保安官には継続したいという真情も合ったかもしれない。

しかし、事実上の体制縮小である反面、これは二管が復旧しつつあるという兆しでもある。




本来、震災から1年ということで2ヶ月前にはこうしたエントリを作成してアップしておくべきだったのだが、年度末であったため叶わなかった。そこで、遅ればせながら3月までに報じられた被災地での海保の活動と、震災から10ヶ月目に準備していたエントリ内容をここに掲載する。

3・11東日本大震災から1年 あの日、あの時から-

その日、なついは定期整備中で、坂本さんは非番だった。同僚の送別会のため、待ち合わせ場所となった小名浜の庁舎に自転車で向かう途中、突如、歩道の植え込みに放り出された。一瞬、何事が起きたか理解できなかった。顔をあげると道路がうねり、電柱や建物が大きく揺れている。近くのカラオケ店から女性が飛び出し、恐怖におびえ泣き出した。
最悪の事態を考え、急いで巡視船へ。息を切らして船に着くと、近くの庁舎から避難を呼び掛ける声が聞こえた。「津波が来てる。退避しろ!」。急いで庁舎に駆け上った。
 長く苦しい闘いが幕を開けた。人命救助に乗り出そうとするが、沿岸は漂流物や海底に異状物があるために船が近寄れず、事前に陸上から踏査をしなければならない。坂本さんは志願した。地元出身で地の利がある、ぜひやらせてほしい――。
想像を絶する光景が広がる中、がれきの山をかき分ける。先に到着した自衛隊が、泥にまみれ息を引き取った犠牲者の顔を優しくふき取る。壮絶な現場。多くの遺体と向き合った。そして東京電力福島第一原子力発電所事故。目に見えない恐怖と闘いながら、1週間、2週間、そして1カ月と現地を踏査し、仲間に貴重な情報を伝え続けた。海保の活動の裏には、坂本さんたちの努力があった。




東日本大震災から11カ月 不明者いまだ3300人

 東日本大震災は11日で発生から11カ月。連日氷点下に冷え込む被災地で、警察や海保などは懸命な捜索活動を続けているが、10日時点で行方不明者は、岩手、宮城、福島など6県でなお3305人に上る。

震災11か月 不明者捜索続く

捜索に先だって、津波で警察官が殉職した陸前高田市の交番の跡で黙とうし、このあと警察官が砂浜や河口付近の茂みなど、目の行き届きにくいところに手がかりになるものがないか捜していました。
また、海上保安部は巡視艇や小型のボートを出して、海上からの捜索にあたり、午後からはダイバーが水中に潜って捜索を行うことにしています。
岩手県警察本部によりますと、県内では10日現在で1316人の行方が分かっていません。



岩手沿岸で行方不明者を合同捜索 県警と釜石海保

 捜索には鹿児島と横浜から応援に来ている巡視船2隻が出動し、海保の潜水士や大船渡署の警察官ら約90人が参加。警察官は陸前高田市から大船渡市にかけ海岸線を中心に徒歩で不明者を捜し、潜水士らは沈んだ車両など海中を中心に捜索したが、遺体は見つからなかった。

 釜石海保によると、震災の発生から1月末までに、延べ608回の潜水活動を実施。全国からの応援を含む延べ3702人の潜水士らが活動し、130人の行方不明者を発見した。

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 海中を捜索する海上保安庁の潜水士=11日午後、岩手県大船渡市

震災2遺体発見 大船渡と釜石で

 大船渡市と釜石市で9日にかけ、東日本大震災の行方不明者とみられる遺体2体が相次いで見つかった。県警が身元の特定を急ぐ。

 釜石海上保安部によると、大船渡市の大船渡港で8日午後、海上保安庁潜水士が海底に沈んでいた車の中に遺体を発見。9日午後に車を引き揚げ、遺体を大船渡署に引き渡した。

 車は大船渡魚市場の北約140メートルの、水深約2メートルの海底に沈んでいた。遺体は後部座席に横になった状態だった。成人とみられるが性別は見分けがつかず、着衣はぼろぼろの状態だった。10日以降に司法解剖を行う。



【震災】今も3200人不明 大川小周辺で大規模捜索

 捜索は、警察や海上保安部など合わせて200人態勢で行われています。宮城・岩手・福島の被災3県では、現在も3200人余りが行方不明です。児童の7割が犠牲となった大川小学校の近くでは、約100人がせき止めた川の底に堆積した泥をかき分けるなどして捜索にあたっています。捜索態勢は半年を節目に縮小していて、20日の捜索は大川小の保護者の要望を受けて実現しました。


東日本大震災:岩手・釜石市の要請で4機関一斉捜索

 東日本大震災1年を前に20日、岩手県釜石市で行方不明者の一斉捜索が始まった。「一人でも多く家族の元に」と市が海保、港湾事務所、警察、消防に要請し、初めて4者による150人体制の合同捜索となった。29日まで続けられる。

 同市港町であった開始式で野田武則市長は「行方がわからない人も多くいる。家族の期待に応えたい」と述べ、海保の潜水士が水温3度の海中に潜った。同市では現在も159人の行方が分からない。



釜石港中心に集中捜索

東日本大震災発生1年を前に、釜石海上保安部は20日、釜石市内で行方不明者の集中捜索を始めた。

 海保職員らが同市港町の公共埠頭(ふとう)で黙とうした後、ダイバー7人が釜石港の魚市場周辺の海中を捜索。同港は漁船や貨物船の往来が多いため、海保はこれまで市内のほかの港や海岸での捜索を優先していた。捜索は今月末まで、釜石港を中心に行われる予定。

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釜石港内で行方不明者の捜索をする海上保安官ら(20日)

「3.11」を前に 釜石で行方不明者の一斉捜索

 一斉捜索は釜石海上保安部、釜石署、国土交通省釜石港湾事務所、釜石大槌地区消防本部、釜石市の5機関、計約150人態勢で行う。釜石港公共埠頭(ふとう)であった開始式で、野田武則市長は「市の行方不明者は、いまだ159人に上る。家族の期待に応えてほしい」とあいさつした。
 初日は、これまで捜索していない釜石港公共埠頭北側の海底を中心に実施。釜石海保と応援の横浜海保の巡視船など4隻とヘリコプターが出動し、潜水士7人が海に潜った。横浜海保の潜水士坂上悠さん(25)は「一人でも多く家族の元に返せるよう、一生懸命頑張る」と話した。


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行方不明者を捜索する潜水士ら=20日午前9時45分ごろ、釜石港

写真に写されている高速警備救難艇は巡視船「いず」(PL31)搭載のものだ。おそらく震災発生一年を前に海保としては総力を挙げて捜索活動を行ったのだろう。「いず」は3管所属の災害対応型巡視船であると同時に、最大の救難強化指定船でもある。

こうした捜索活動の結果、ふたたび遺体発見に至った。

震災犠牲者か、海底に遺体 大槌・船越湾

 23日午後2時40分ごろ、大槌町の船越湾の水深約13メートルの海底で、海保の潜水士が遺体を発見し、釜石署に引き渡した。同署は東日本大震災の行方不明者の可能性もあるとみて身元の特定を急ぐ。

もちろんこうした活動を行ったのは「いず」だけではない。下の記事からは鳥羽海保の「いすず」が派遣されていたことが分かる。

【釜石】不明者発見へ懸命に 一斉捜索が終了

 東日本大震災発生から丸1年を迎えるに当たって大規模に行われた釜石市の行方不明者一斉捜索は29日で終了した。「絶対にあきらめない」と海保潜水士らが身を切るような寒さの中、海へ潜り続けたが、20日からの期間中は大きな成果は上がらなかった。今後も通常態勢で手掛かりを捜す。

 鳥羽海上保安部(三重県鳥羽市)に所属する巡視船「いすず」の潜水士8人は、釜石港北側の岸壁付近で約300メートルに及ぶ範囲で捜索。8人は船上で位置などを確認した後ゴムボートに乗り込み、勢いよく海中へ飛び込んだ。

 水温2・4度の海中を深さ15メートル近くまで潜った小木曽健潜水士(33)は「とたんや家財道具などのがれきが見えた。一人でも多くの方を見つけられるよう、しっかりと捜索を進めていく」と力を込めた。

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【写真=捜索前に入水方法や潜水位置について確認し合う巡視船いすずの潜水士=釜石市・釜石港】

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tag : 海上保安庁 巡視船 高速警備救難艇 東日本大震災 海洋情報部

2012-05-11 : 東日本大震災 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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