スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加
-------- : スポンサー広告 :
Pagetop

沖ノ鳥島大陸棚延長での真の「功労者」

沖ノ鳥島の大陸棚延長はうれしいニュースとしてネットでもてはやされている。もっともその内容や意味までがきちんと理解されているとは言いがたい。

むしろ手柄探しのネタとされているといってもいい。

沖ノ鳥島「大勝利」でネット歓喜 「野田の成果」「いや麻生のおかげ」

26日には国際水路機関(IHO)総会で、「日本海」単独表記の維持が決まったばかりだ。立て続けに日本の「威信を守った」格好の現政権に対し、

「また野田の成果かw」
「意外と日本の外交は優秀なのか」

と評価する声が上がる一方、今回の申請は2008年の麻生太郎政権時代にされたことから、

「民主党の手柄じゃないぞ。麻生政権時代の手柄だぞ」
「大陸棚拡張は麻生政権の成果」

と主張する人、はたまた視察や魚礁の設置など沖ノ鳥島問題に積極的にコミットしてきた石原慎太郎・東京都知事こそが影の功労者だとする説も飛び出していた。

結局のところ「殊勲甲」は誰なのか。自民党の佐藤正久・衆議院議員はツイッターで、

「『島か岩かの議論は別にやろう』と大陸棚認定議論から切り離した外務省の作戦勝ち」

と評している。

「野田」?「麻生」?「石原」?そのどれも功労者とは言いがたい。「外務省」?最終的な交渉をやったかもしれないが、この大陸棚延長問題で大きな役割を担ってきたわけではない。全く的外れな評価だ。

大陸棚延長の申請は、実際にその海域の海底を調査した結果なされるものだ。では誰が、どの機関が中心となってその調査を行ってきたか。このブログに来ている皆様は当然ながらご存知だと思う。


海上保安庁海洋情報部だ。

サイト内でその作業の様子を写真入で解説している。

~大陸棚の限界画定のための調査~

大陸棚調査では、一度船が出港すると、約一ヶ月間は海上での生活が続きます。日常生活とはかけ離れた過酷な環境下での調査ですが、私たちの子孫に夢を残すべく、数多くの海洋調査の専門家が日夜奮闘しています。
 政府を挙げた取り組みがますます強化される中、海上保安庁においても、今後とも大陸棚調査に貢献していきます。

大陸棚調査の日常 ~約一ヶ月間続く船上における調査~

05_heavy_weather.jpg

大時化の中、大きく傾く測量船。
それでも、測量船の後方から多数の観測機器が曳航され、調査が継続されています。


06_obs.jpg

地殻構造探査で必要となる屈折波受信器(海底地震計)を整備する乗組員。
繊細な整備が必要とされる観測機器ですが、高度な技術が必要なだけではなく、揺れる船上では強力な集中力が必要です。


07_airgun.jpg

大きな重量を持つ観測機器を釣り下げて、後方から流そうとしているところ。
揺れる船上では一瞬のミスが大けがにつながる、大変危険な作業です。



海上保安庁が大陸棚調査に取り組んでいたのはここ数年の話だけではない。昭和58年からの30年近い取り組みである。

特集 新たな海洋立国に向かって > III 広がる日本の「海」 > 1.「大陸棚」を広げる

■大陸棚調査に関する年表
027_1.gif

大陸棚延長申請のための調査が完了した今でも海洋情報部の苦労は絶える事がないが、この調査に取り組んだ当初の苦しみはさらに大きかった。当時の事情については当ブログコメント欄の常連でもあるHMS氏のブログに詳しい。

大陸棚調査前夜物語(前編)

 1982年は、国連海洋法条約が採択された年であり、国内では折しも増税なき財政再建を目指して第二次臨時行政調査会(通称:土光臨調)が大胆な行財政改革を提言し、運輸省も組織再編を迫られていた時期である。水路部の海洋調査の仕事は翌年からの大陸棚調査、新型測量船「拓洋」の運用開始など組織的に大きく変わることが要請されていた。だが、その調査組織は、測量課、海象課、編暦課など旧海軍水路部以来の専門分野ごとに縦割りのままだったので、新たな海洋新時代に向けて調査対象海域ごとに組織体制を整備し直す必要があり、運輸本省に先駆けて組織再編に着手した。

 ここで一つ問題がある。予算が認められれば、関係する政令・省令・訓令全てを改正する必要があるので、行政組織の改正事務などに精通した上級職の事務官が欠かせない(ノンキャリアでは無理)のだが、水路部は技術系職員の集まりであり、特に水路部には本問題の実務を担うべき補佐官以下には上級職の事務系職員が皆無であった。これでは円滑な準備ができないことから、寺島課長が本庁総務部の辻課長に掛け合い、本庁からの応援を求めたところ、総務部および警備救難部から岩崎氏(前海保長官)、鷲頭氏(駐スロバキア大使)、与田氏(元内閣官房大陸棚調査対策室長)の3名が水路部に派遣されてきた。

 こうして組織改正作業が始まり、担当者は時には築地の水路部庁舎に泊り込んだりして、寝食を忘れて組織改正に取り組んだ。熱気あふれる若手チームの中には大島氏や加藤氏など後の歴代海洋情報部長の顔もあった。当時を知る関係者の述懐によれば、監理課職員は休息も休日も返上し、中には鈴木監理係長(現:水路協会常務理事)のように自宅に帰ったのが1月で4回だけなどという方も居られたという。そしてこの組織改正は、希望通りの形で認められ、新しい水路部が誕生した。

大陸棚調査前夜物語(後編)

 さて、1983年の組織改正の際に新たに認められた組織のひとつに大陸棚調査室がある。この大陸棚調査の開始を推進した立役者の一人が、組織改正を当時水路部監理課総括補佐官として推進されていた大島氏である。大島氏は、大陸棚調査室設立とともに初代室長となって大陸棚調査の陣頭に立っていた。

 大陸棚調査室設立と同時に竣工した新型測量船「拓洋」は慣熟航海もそこそこに83年10月より大陸棚調査に従事したが、慣熟航海の短さが祟って最新の調査機器に初期故障が頻発し、船務・測量作業に加えて初期故障への対策にも追われ(データを取ってこられなければ、その航海はほとんど無駄になる)、時期柄台風にも見舞われていた。陸上班は陸上班で「拓洋」との連絡やメーカーへの修理手配や打ち合わせなど、陸海共同の忍耐と努力によって問題を克服していった。

 このような大陸棚の限界確定や領海基線確定には国連やIHO(国際水路機関)が共同でガイドラインの策定を行う必要があり、自国の権利を主張するためにもニューヨークやモナコに赴いて会議や作業に参加する必要があったのだが、なんと水路部には外国出張旅費が予算上認められていなかった。それまでは必要になるたびに無理くり捻出していたそうであるが、ここで以前に水路部組織再編で派遣されてきた鷲頭氏が本庁主計課長として就任した。大島氏はこれが機会とばかりに国際会議への参加の重要性を鷲頭氏に直訴し、同氏の尽力もあって晴れて水路部に外国出張旅費が認められたそうである。

驚くべきことに、当初は国際会議や作業部会に参加するための海外出張旅費すら認められていなかったのである。

こうした組織改変の結果、海上保安庁水路部(海洋情報部)は大陸棚調査に取り組むことになったのだが・・・苦労は続くのであった。

続きを読む

スポンサーサイト
このエントリーをはてなブックマークに追加

tag : 海上保安庁 海洋情報部 測量船 JAMSTEC JOGMEC EEZ 沖ノ鳥島

2012-05-05 : 沖ノ鳥島問題 : コメント : 7 : トラックバック : 0
Pagetop

引っ越しで貴重資料を、海底で生命誕生の秘密を見つける海洋情報部

海上保安庁の施設から「お宝」が出た、というニュースが先月報じられていた。
埋蔵金や石油が出たわけではない。歴史的資料という意味で、極めて貴重な「お宝」が発掘された。

海洋情報部の「倉庫」から、である。

いや、貴重なのは分かるが、「何度目だ」と思っている人もいただろう。

ちなみに発見されたのは、日本最初の海図やペリー艦隊の測量図、さらには軍機海図などである。

日本初の水深図発見=機密海図やペリー測量図も-海保倉庫から、公開へ

 海上保安庁の東京都中央区の施設から、日本初の海図に使われた明治初頭の岩手県釜石港の水深図や、昭和初期の商船の交通量を示す旧日本海軍の機密海図などの歴史的資料が大量に見つかった。
 同庁海洋情報部の移転に伴い、財団法人「日本水路協会」が2010年度から資料を整理する中で発見し、約1万3500点をデジタルデータ化した。海洋情報資料館(東京都江東区)で25日から閲覧できる。特に貴重な約190点はインターネットで公開する。

kaizu.jpg
日本最初の海図である『海軍水路寮 第一号海図 陸中國釜石港之図』

この海図第一号については海洋情報部で解説されている。

「海図」第1号は?

記念碑が平成6年に設置されていることから、今回発見される以前から同じものを持っていたのだろう。まぁ、海図だから当然だろうが。

この記念碑、釜石市の大観音広場に設置されているというが、震災で周囲の風景や海底地形、水深がどれだけ変わってしまったかと思うと複雑な気持ちになる。

img4a05ee95zik3zj.jpg
商船交通量を示した軍機海図

日本初?の水深図発見 明治の釜石港、公開へ

 海上保安庁の東京都内の施設から、日本初の海図の基になった明治初頭の岩手県釜石港の水深図など歴史的資料が多く見つかったことが19日分かった。海保は「この水深図も日本で初めてとみられる」としている。

 海保によると、釜石港の水深図は「日本の海図の父」とされる旧海軍初代水路局長の柳楢悦らが、1871(明治4)年に測量。この水深図を基に日本初の海図が刊行された。

PN2012011901001967.jpg
ペリー提督らが作成した東京湾の測量図か、その写しとみられる図


発見された経緯や他の貴重資料については日本財団ブログで紹介されている。日本財団は海洋情報部と日本水路協会による大掃除倉庫資料整理を支援し、電子化も助成している。今回発見された資料の中でも特に貴重なものが5つあげられている。

日本初の水深図など歴史的資料 海保倉庫から多数発見

資料整理を担当した水路協会の熊坂文雄調査研究部長によると、今回見つかった中で貴重な資料は①明治5年9月と10月に刊行された釜石港海図、宮古港海図の基になった日本海図の父といわれる柳楢悦らが測量したといわれる銅板の釜石港水深図(明治4年9月)と宮古港水深図(同年8月)②関東大震災後に海上保安庁が実施した相模湾の状況を示す水路要報③ペリーが1853年に測量し、米国で出版された東京湾の海図④手書きの古地図(江戸時代前期に作成された伊勢国割地図を基に描かれ、その後携帯用地図の基図に使われたものらしい)⑤明治24年刊行の「天図」(全天球の季節ごとの星座の位置を記入し、夜の航海に使用する)、大正8年刊行の「星図」(星や星雲などの位置、明るさなどを平面に描いたもの)―などがある。

いくつかは上記記事でも掲載されていたものだ。

ちなみに、②の「関東大震災後に海上保安庁が~」のくだりは海軍水路部の間違いだと思われる。海保が測量すればどの時代であっても「関東大震災後」なわけだが、その直後の文章で「測量艦」とある。

このうち関東大震災の直後の相模湾については測量艦松江、武蔵など4隻が鉛を使った錘測という方法で調査した。最高で250メートル隆起する一方、300メートルも沈下した場所もあり、巨大地震によって同湾の水深がかなり変化した実態が赤と青の数字で記されている。



これらの資料は電子化され一部はインターネット上のwebサイトでも閲覧可能だ。

海図アーカイブ

今回、公開された資料の中には復元されたものの海図のように電子化されなかった、いや、できないものがある。

それは、カールツァイス社製「ステレオ・プラニグラフC5型」一級測量図化機だ。

20120213-3.jpg
復元された測量用一級図化機(左が熊坂さん)

1月19日付の海上保安新聞1面で詳細に紹介されていた。

図化機というのは、2枚の航空写真から等高線や道路などを作図する機械で特に精度の高いものを一級図化機としているという。このC5型機は高さ約2メートル、幅約1.6メートル、奥行き約2メートル、重さ約1トンの鉄製。

旧庁舎倉庫で発見された同機は、昭和15年に潜水艦によってドイツから輸入され、戦中は戦火から逃れるために各地に疎開していたという。戦後、水路部(現在の海洋情報部)が2回ほど使用した記録が残っているが、安価で使いやすい同等機の普及により解体され倉庫に保管されていたらしい。今回「発見」されたことにより日本財団の助成金を使って復元されることになった。部品の洗浄や組み立てを担当したのは測量機器販売の「サンケーエンジニアリング」は設計図がない状態で経験や勘を駆使して組み立てたという。

C5型機は今回復元されたものとドイツの1台しか現存していないとのことだ。


ちなみに、どうしてこの海洋情報部の「宝物殿」が御開帳になったかというと、庁舎が引越したからに他ならない。

海洋情報部庁舎の移転について

海上保安庁海洋情報部 新庁舎披露会

海上保安庁海洋情報部の新庁舎訪問

移転に伴って資料整理が行われ、その際に発見されたものや、新庁舎に併設される海洋情報資料館に展示するために復元整理されたのである。この資料館にはC5型以外にも潮候推算機と呼ばれる貴重な機械が展示されている。

測量・地図の展示館

実はこの庁舎、移転直前に東日本大震災で火災被害の憂き目に遭っている。都内の被害映像として繰り返し放映されたため建物そのものは覚えている人もいるかもしれない。

関連エントリ:海上保安庁海洋情報部庁舎(仮称)も被災か

img20110311183222851.jpg
海上保安庁などによると、11日に東北地方を中心とした大規模な地震で、同庁の海洋情報部などが移転を予定していた
建設中のビル(東京・江東)で火災が起きているとの情報がある。同庁は今後、情報を確認する方針だ。

移転後に火災になり貴重資料が被害にあっていたらと思うと、ぞっとする。もっとも火災原因は工事機材だろうからその危険性は低かっただろうが、想定外の自体が起きたのが先の震災である。


さて、冒頭で「何度目だ」といったのは、実はこの海洋情報部の倉庫、度々貴重資料の「発掘」が行われているからだ。
掃除や倉庫の整理をするたびに「発見」されていたのだろう。
「伊能図」や「戦前の航空写真」、「戦中の高度方位暦」・・・まだまだあると思っていたが、今回の引越で総決算となったわけだ。

幻の伊能忠敬「伊能大図」4枚、海上保安庁の倉庫で発見(TBS news-i 2004/7/1 記事消滅)

 江戸時代の測量家、伊能忠敬が作った最古の日本地図の模写のうち、これまで所在が分からなかった4枚が、海上保安庁の倉庫から見つかりました。

 見つかったのは、江戸時代に最初の日本地図を作った測量家、伊能忠敬による「伊能大図」の模写4枚で、北海道の「宗谷岬」や今の京都・大阪周辺の「山城摂津河内」などの地図が 描かれています。
 
 これまで全く所在が分からず、幻の4枚と言われていましたが、東京・築地の海上保安庁の倉庫から 今年5月、見つかりました。「伊能大図」は214枚からなる最も古い日本全土の地図ですが、原画のほとんどは明治初期の火災で焼失していて、模写の大半が アメリカの議会図書館に保管されています。



約70年前の東京を収めた航空写真地図発見・現存最古か(日経 2004/7/3 記事消滅)

 東京区部のほぼ全域を撮った昭和8年(1933年)刊行の航空写真地図「大東京鳥瞰(ちょうかん)写真地図」が、このほど海上保安庁で見つかった。
これほど広範囲を収めた航空写真地図は、現存では日本最古とみられる。今はビジネス街の皇居東側には文部、大蔵、内務の各省が並んでいた。



海保所蔵の「伊能地図」模写図、原本に最も近いと確認(読売新聞2007-02-02)

江戸時代後期の測量家、伊能忠敬が作成した「大日本沿海輿地全図」の写しのうち、海上保安庁が所蔵する大図(縮尺1/3万6000)の模写図3枚が、最も原本に近いとみられることが確認された。

調査を行った同庁海洋情報部と「伊能忠敬研究会」が2日、発表した。



この「高度方位暦」にいたっては、倉庫内の本棚に積まれてあったというのだから凄いんだか酷いんだか・・・

戦時中の高度方位暦を海上保安庁の倉庫から発見 一般公開(山梨日日新聞 2010/8/14 記事消滅)

第2次世界大戦中、海上で現在地を特定するために、天体の高度を記した「高度方位暦」を山梨大大学院医学工学総合研究部の高橋智子准教授が、東京都中央区の海上保安庁の倉庫で発見した。

これまで戦時中の高度方位暦について記された資料はあったが、存在が確認されたのは初めて。

高度方位暦は14日から上映される県立科学館のプラネタリウム番組「戦場に輝くベガ-約束の星を見上げて」にも登場していて期間中、同館で一般公開する。

見つかったのは、1944年6月~45年9月に刊行された11冊。同庁前身の海軍水路部が作成したもので、日本軍の基地別に、太陽や月、星の高度が20分間隔で記されている。緯度別の3冊もある。

高橋准教授によると、戦時中、航空機の偵察員は「天測略暦」と「航空天測表」を用いて、海上の位置を特定していた。ただ、計算に時間がかかる上、計算ミスで帰還できなかったケースもあるという。

高度方位暦は、基地を基準にこの二つを用いて計算し終えたデータ集。現在地特定までの時間が短縮される一方で、基地から離れるほど精度は低下する。航空機の帰還用に作られたものだが、実際に使用されたかは確認されていない。

52年刊行の同庁水路部の80年史に高度方位暦の存在が記されていたが、実物は見つかっていなかった。戦争と科学の歴史について研究している高橋准教授が、同庁海洋情報部の倉庫の本棚上部に積まれているのを発見した。

高橋准教授は「刊行順に並べてみると、基地の数が少なくなり、位置も本土に近くなっている。戦況が厳しくなっていることが読み取れる」と話している。

「戦場に輝くベガ-」は2006年に制作された同館オリジナル番組。高度方位暦を作る女学生と爆撃機の偵察員との手紙のやりとりを軸に、戦争の悲惨さを描いている。今年は14~17日午後5時15分から上映。期間中に高度方位暦を一般公開する。

kdhirk9.jpg

【旧海軍:「高度方位暦」発見 自機の位置割り出す早見表】

初めて実物が確認された「高度方位暦」=甲府市武田の山梨大で、小林悠太撮影



だが「あの倉庫が、最後の一つだとは思えない・・・」


ちなみにこうした古い海図と海保海洋情報部が作成した最近の海図をあわせて地元に寄贈したりもしているという。

徳山港:海保が今昔図寄贈、周南市に 伊能忠敬作製も /山口

今年の徳山港開港90周年を記念して、徳山海上保安部が16日、江戸時代から現在までの同港周辺の地図3枚を収めたパネルを周南市に寄贈した。パネルは市長室に飾る。

 江戸時代に日本で初めて実測による日本地図を完成させた伊能忠敬が作った1806(文化3)年の同湾周辺の図と、1919年の海図、昨年作成した5万分の1の海図の3枚を縦90センチ、横125センチのパネルにした。

ただ、市長個人や役職に対して送ったのではなく市と市民に対してのものだから、市長室という見ることの出来る人が限られた場所ではなく、もっと広く市民が見ることの出来る場所に展示すべきだろう。日本国民の財産なのだから。


言うまでもないが、海洋情報部が様々なものを「発見」するのは倉庫だけではない。本当の意味ではこちらのほうが「発見」である。

続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加

tag : 海上保安庁 海洋情報部 測量船 JAMSTEC 東日本大震災

2012-02-24 : 海上保安庁 : コメント : 0 : トラックバック : 0
Pagetop

海上保安庁がエクスプローラーAUVを導入!・・・一方、国産AUVは

昨年末に海保が導入するAUVが明らかにされた。

関連エントリ:海上保安庁に「潜水艇」が復活か・・・海洋情報部のAUV計画

ISEのエクスプローラーである。

Japan-Coast-Guard-Orders-Explorer-AUV-from-ISE.jpg

JAPAN COAST GUARD ORDERS ISE EXPLORER AUV

International Submarine Engineering Ltd. is pleased to announce that the Japan Coast Guard (JCG) has placed an order for an Explorer autonomous underwater vehicle (AUV). The vehicle will be used for marine search and recovery as well as survey operations.
The JCG Explorer will also be supplied with a light-weight self-articulating ramp based launch and recovery system which will be installed on one of their ships. This will enable the Coast Guard to launch and recover their AUV in an elevated Sea State. The launch and recovery ramp system is built by Hawboldt Industries of Chester, Nova Scotia.

2隻発注されたとのことだ。またエクスプローラーだけでなく発進回収用のシステムをカナダのHawboldt Industries社が製造し海保の測量船に装備するという。これにより荒れた海での発進改修も可能となる。同社はカナダ沿岸警備隊にも多数の機材を納入している。

Hawboldt Industries

hawboldt_ccg.jpg


23年度第4次補正予算で、海洋調査能力の向上として「拓洋」の延命工事と「昭洋」の搭載機器更新が前倒し実施されることになった。これに続く24年度予算によって「拓洋」にはAUVのための設備も搭載されるという。

平成24年度海上保安庁関係予算決定概要

○ 自律型潜水調査機器(AUV)の増強整備 528(0)百万円

海底地形等の精密なデータを取得することができる自律型潜水調査機器(AUV)の増強に要する経費。

○ AUV搭載のための大型測量船の改修 1,372(0)百万円

海洋調査の主力である大型測量船「拓洋」について、新たに搭載されるAUVのための設備改修に要する経費。

船齢から言えば「昭洋」の運用実績に基づき現「拓洋」を新型船で更新したいところだろうが、延命工事をしたうえにAUVを搭載せざるを得ないところに海保が引き続き厳しい予算状況に置かれていることを示している。



このAUV導入計画は精密な海底地形の調査を実施することによって、日本の領海・EEZの権益を確保することが目的だ。

海洋権益を保全するための海洋調査等の推進(海洋調査能力の向上)

HL_AUV.jpg


いまさら、海洋権益確保の重要性を説くまでもないだろう。むしろこの計画が行政事業レビューで一旦、予算圧縮されていたことのほうが不思議だといえる。

さてこのエクスプローラー、あまり聞きなれない方もいるだろうが、この業界(?)では有名で結構なベストセラーのようだ。有名たらしめているのが、低コスト運用で柔軟性が高く長期の自律行動が可能という点だという。

ISE develops & manufactures Autonomous Underwater Vehicles (AUVs)

活動範囲は300~6000メートルの間で調整でき、船体システムや搭載センサーを目的に応じてカスタマイズすることも可能。機材は曝露部のほか、対圧区画内の19インチラックにも電子機器とともに導入可能。ウェットペイロードにはサイドスキャンソナー、マルチビーム測深器、サブボトムプロファイラが装備されており、全て同時操作可能である。

当然、実績もある。代表的なオペレータとしてはフランス海洋開発研究所IFREMER(2隻)やアメリカ国家海洋大気局NOAAのプロジェクトに参加しているミシシッピ大学などがある。また、カナダ天然資源省も2隻導入している。海保の目的からいえば一番近い運用かもしれない。

EXPLORER Autonomous Underwater Vehicle

Explorer AUVs are owned and operated by the French research agency Ifremer (2 vehicles), the University of Southern Mississippi as part of a NOAA project, Memorial University of Newfoundland, the University of Bremen and Natural Resources Canada (2 vehicles).

Nasa.jpg
ミシシッピ大NIUSTによってNASAのLiberty Starに搭載されたエクスプローラー級AUV"Eagle Ray"

Explorer1.jpg 
IFREMERで運用されるエクスプローラーAUV

そして今年のデータシートには新たなオペレーターが追加されていた。

ISE Explorer Datasheet

…and Fukada Salvage and Marine Works.


通称「深サル」すなわち深田サルベージ建設である。同社は今や世界最大級の起重機船を使ったケーソン設置や橋梁建設をはじめとするマリコン事業で名が知られているが、国内の民間企業では珍しい有人潜水艇を保有した社名通りのサルベージ会社である。海保とのつながりでいえば東シナ海工作船事件において「沈没」した工作船の引き揚げに成功したことでも有名だ。

第十管区海上保安本部 管内概要 九州南西海域不審船事案

032.jpg


深田サルベージ
syashin.jpg 


実は同社は海保に先立って昨年前半に、エクスプローラーを2隻ISEに発注していた。

FUKADA SALVAGE ORDERS ISE EXPLORER AUV

ISE Ltd. is pleased to announce that Fukada Salvage and Marine Works Co. Ltd. has placed an order for an Explorer autonomous underwater vehicle (AUV). The vehicle will be used for commercial survey operations and is equipped with an EdgeTech 2200M sidescan sonar and sub-bottom profiler, an R2Sonics 2022 multibeam echosounder and a SeaBird FastCAT conductivity, temperature and depth sensor.

The Fukada Explorer will also be supplied with a light-weight self-articulating ramp based launch and recovery system which will be installed on one of their survey ships, the Shinkai Maru. This will enable Fukada Salvage to launch and recover their AUV up to Sea State 4.


データシートに加えられたのはこの2隻だろう。

そして、同社は今回の海保導入にもISEと組んで参加している。運用やメンテ支援を行うという。

ISE has partnered with Fukada Salvage and Marine Works Co. Ltd. of Osaka for the provision of local operations and maintenance support for the JCG Explorer AUV. ISE and Fukada Salvage have a long relationship; earlier in 2011 Fukada purchased an Explorer AUV for their own survey operations.

深サルがエクスプローラーを導入したのは自社の事業のためだけではなく、こうした運用委託・支援の受注も見込んでのことだろう。

工作船引き上げで活躍した有人潜水艇「はくよう」や今回のエクスプローラーを実際に運用している(することになる)のは、子会社の新日本海事だ。

エクスプローラーの発進改修装置も同社の作業母船に装備される。ひょっとしたら海保も必要時のみ同船を傭船するという可能性もある。

新海丸 多目的作業船 潜水艇はくよう作業母船

SKM2.jpg

同社は自社の事業でAUVを運用したり、運用委託を受けるだけでなく、ISEの代理店でもある。

新日本海事 業務案内

○システムエンジニアリング部

 海洋、並びに潜水機器の特別仕様に基ずく総合システムの設計、製造及び販売を行う。 カナダI.S.E社日本代理店。海洋研究開発機構へROVハイパードルフィンを納入致しました。

どうやらJAMSTECのROVハイパードルフィンもISE系だったようだ。

 こうしてみていくと、低コストで高性能、かつ国内サポートも問題ないAUVを海保は海外から導入するようにも見える。

だが、ここで一つの疑問がわいてくる。



国産のAUVはどこに行ってしまったのだろう、と。

続きを読む

このエントリーをはてなブックマークに追加

tag : 海上保安庁 海洋情報部 測量船 調査船 AUV ROV 海洋資源 海底資源 JAMSTEC

2012-02-24 : 海上保安庁 : コメント : 2 : トラックバック : 0
Pagetop
ホーム

FC2カウンター

Lc.ツリータグリスト

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。