AIS監視衛星で本当に不審船を発見できる?

海上保安庁が領海やEEZにおける不審船等の監視のために人工衛星を運用するという報道があった。

このニュースだけを聞けば海保の監視衛星が打ち上げられると思われるかもしれない。実際、来年度には実証実験のために相乗りの小型衛星が打ち上げられるという。

不審船、衛星で監視…宇宙機構・海保開発

 宇宙航空研究開発機構と海上保安庁は共同で、日本の領海や排他的経済水域に侵入する不審船や密航船などを宇宙から監視するため、人工衛星を活用したシステム開発に乗り出す。

 来年度打ち上げる小型衛星で実験を始める。これまで航空機や船で監視していたが、衛星を使えば、より広い範囲を継続的に監視できると期待される。

海保は業務において様々な衛星を活用しているが、海保が主体となって運用する衛星は80年代にH-1で打ち上げられた測地実験衛星「あじさい」以来となるのではないだろうか。

測地実験衛星「あじさい」(EGS)(JAXA)

測地実験衛星「あじさい」(EGS)
(文部科学省)

「あじさい」は各地の水路観測所や可搬式レーザー測距器による観測によって離島の正確な位置を測定し、日本の領海やEEZの基点となる海洋測地網の整備に貢献した。現在も用途廃止にはなっていない。

関連エントリ:海保が衛星に対しレーザーを発射!?知られざる海保の任務


今回打ち上げられる「監視衛星」は、海洋や大気中の水蒸気の変化を観測する衛星「しずく」とともに打ち上げられるSDS-4を指している。

地球の水を「健康診断」 観測衛星「しずく」公開

 海洋や大気中の水蒸気など地球の水の状態を観測する水循環変動観測衛星「しずく」が10日、茨城県つくば市の宇宙航空研究開発機構筑波宇宙センターで報道陣に公開された。

 重さ約2トンの衛星で開発費180億円。高度700キロから、環境の変動を受けやすい海水の温度、海上の風速、海氷の面積、積雪などを観測する。後続の衛星も含めて10~15年観測し、気候変動のメカニズム解明に役立てる。

JAXA|小型実証衛星4型「SDS-4」

JAXAでは機器・部品などの新規技術を事前に宇宙で実証し、成熟度の高い技術を利用衛星や科学衛星に提供することを目的として小型実証衛星(SDS:Small Demonstration Satellite)プログラムを進めています。
小型実証衛星は大型衛星に比べて低コストかつ短い期間で開発できるため、様々な技術の軌道上実証・実験をタイムリーに進めることができるほか、設計から運用までの一連業務を若手職員が行うことで人材育成の場としても活用しています。
初号機である100kg級の小型実証衛星1型(SDS-1)は、2009年1月23日に打ち上げられました。SDS-4プロジェクトでは、H-IIAロケットの標準の相乗り小型衛星サイズである50kg級の小型衛星を開発し、第一期水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W1)の相乗り小型副衛星としての打ち上げを予定しています。

つまり海保のための海洋監視衛星が打ち上げられるというよりは、低コスト短期間開発・運用を目指した小型実験衛星プラットフォームのテストミッションの一つとして、船舶監視が選ばれたというわけだ。

•衛星搭載船舶自動識別実験(SPAISE) : Space based Automatic Identification System Experiment
衛星搭載用のAIS受信システムの機能性能の確認、及び、実データによる混信状況の評価を行い、将来システムの構成や受信性能向上のための知見を獲得する。

sds4.jpg

小型実証衛星4型 SDS-4:Small Demonstration Satellite-4

sds4_ais.jpg


では、この衛星もしくは実用化される将来の衛星が冒頭のニュースの様に不審船や密航船の監視に大きな効果を与えるのだろうか。

それはすこし期待しすぎかもしれない。

というのも、監視するのは船舶そのものではなく船舶に搭載された装置が発信しているAISの信号(MMSIコード:海上移動業務識別コード)だからだ。

そもそも、AISはVTS(船舶交通管制システム)のために開発された船位通報システムである。VTSは日本でいえば海上保安庁の海上交通センターに相当する。つまり交通が過密する航路において船舶の識別と誘導を容易にすることで船舶運航者とVTS職員の負担を軽減することが目的だった。その後、船舶衝突防止システムとしても提案され普及が推進されたが、搭載が義務化される大きなきっかけとなったのは911以降のテロ対策強化を目的としたSOLAS条約の改正である。

ais.jpg

AIS_jcg.jpg

テロ対策を目的として義務化されたのならば、不審船の監視に有用なはずだと思われるかもしれない。しかし、AIS搭載義務のある船舶は限られ、またAISによって発信される情報は船名・位置・針路・速力・目的地などだが、故意に低波させたり、その情報を悪用することもできる(海賊はAISをもとに「高価値」船を狙うこともあるので、危険な水域では停止させることが認められている)。

SOLAS条約(SOLAS74 第Ⅴ章 第19規則)で定められた搭載義務船舶
(1) 国際航海に従事する300 総トン以上の全ての船舶
(2) 全ての旅客船
(3) 国際航海に従事しない500 総トン以上の貨物船

国内法(船舶設備規程第146条の29)で定められた搭載義務船舶
(1) 国際航海に従事する300 総トン以上の全ての船舶
(2) 国際航海に従事する全ての旅客船
(3) 国際航海に従事しない500 総トン以上の全ての船舶


海上保安庁でもテロ対策というよりは、あくまで航法支援の一環として運用している側面が大きい。実際、AISによって事故を回避した事例もある。

■AIS情報に基づくカンボジア籍貨物船S号衝突回避事例(海上保安レポート2007)

086-06.jpg


一方で海賊が悪用しているように、AISの利用や発信された情報の閲覧はそうした機材があれば誰でも可能だ(VTS局でしか閲覧できない項目もあるが)。

実際そうして得られた情報の一部がリアルタイムに近い形でネット上でも公開されている。

ライブ船舶マップ-AIS-船舶動静ならびに船舶位置

つまりは地上局だろうと衛星だろうと、その得られた情報が正しいかどうかはわからず、不審船や犯罪船であるかどうか確かめるためには海保の船艇航空機で近接するほかないのである。もちろん、海上監視や航空監視と合わせれば、AISを発信していない、もしくは偽装している怪しい船を識別するのは容易になる。

つまり、不審な船を監視するのではなく、不審ではない船を監視対象から外すことが可能となるわけだ。

だが、基本的には既存のシステムの延長にあるものだということを認識しなければならない。テレビが受信できなかった地域に新しくアンテナが立って見れるようになったとか、極論すればそのような話である。


ただし、この衛星で一つ確実に尖閣諸島の警備にも役立つ点がある。

尖閣諸島周辺海域を遊弋する漁政は自国領であることや通常のパトロールであることをアピールするためかAISをオンにした状態で表れている。海保側はその情報をもとに捕捉することも多い。こうした衛星が運用されれば、海保巡視船の捕捉範囲内でなくとも漁政などの動静を知ることが可能になる。


また、AISとは別に当初からテロ対策のために考案されたLRITというシステムも存在する。

LRIT(長距離船舶識別システム)について
ロングレンジトラッキング(LRIT)等の検討状況等について
LRIT(船舶長距離識別追跡)データセンターの運用開始について

こちらのほうは提供される情報はAISに比べかなり少ないが、テロ対策・治安目的で運用されるため情報はAISのように一般には公開されず、民間利用も想定されていない。

10-lrit.jpg

SOLAS条約船から情報を衛星が受け取り国際データセンターから各国へ情報がもたらされる。民間利用はされないものの救助捜索目的での利用は可能だ。また、民間利用されないがゆえに情報送信側はその通信費用を負担しない。
本来的な意味ではこちらのほうが不審船監視を目的としたものであるといえる。

しかし、今回海保が着手した衛星AISとの棲み分けが不明確であり、導入や運用に係る利用国負担の問題も残っている。
だが、将来的には衛星AISと連携することで航空機並みの船舶動静監視システムの構築が期待されているという。

関連エントリ:海自の船団護衛初回終了・海保LRITシステム開始

一方で、アメリカやロシア、EUでは自国や国際機関で運用しているVMS(漁船位置追跡システム)とLRITを連携させているが、日本の漁船にVMSが普及しているとは言い難く、また搭載していたとしても不法操業を目的として意図的にシステムをOFFしている事例が少なくない。

露ヘリの国後島沖2漁船銃撃:船長2人逮捕 VMS、事実上機能せず(毎日新聞 2010/2/11 記事消滅)

 羅臼漁協(根室管内羅臼町)所属の漁船2隻が、ロシア国境警備隊のヘリコプターから銃撃を受けた問題は10日、道海面漁業調整規則違反事件に発展した。道は安全操業における拿捕(だほ)などのトラブルを防ぐため「衛星通信漁船管理システム(VMS)」を導入したが、事件はVMSが事実上機能しなかったことを物語る。北方四島海域における日露関係の悪化も懸念されており、道は「再発防止策を構築したい」と深刻に受け止めている。【山田泰雄、鈴木勝一】
 「非常に遺憾であり、まず今回の件の早期解明を進めたい」。事件への対応で羅臼入りしている道水産林務部水産局の山崎峰男次長は10日、現地で会見し、こう述べた。
 VMSは漁船の適切な管理態勢を目指している。道は常時作動を義務付け、ロシア側に対し操業秩序を守る姿勢を示してきた。山崎次長は「システムが通電されていれば機能するはず。4時間半もの信号途絶は電源を遮断したとしか考えられず、そのような事態は想定外」と語った。
 道は問題の2隻以外の船のVMS記録についても調査を進める一方、システムを管理していた漁協や、漁協に管理を任せきりだった道の対応についても「問題がなかったとは言えない」と不備を認めた。

海上保安庁が不法操業を取り締まっている一方で、漁業者や地方や国の水産行政関係者には不法操業を容認するような姿勢があるのも事実だ。

衛星AISやLRITだけでなく日本周辺でのVMSが実現してこそ、不審船などの監視にも役立つようになるだろう。今回の海保の動きはその第一歩となることを期待したい。

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tag : 海上保安庁 領海警備 EEZ 違法漁船 水路観測所 人工衛星

2012-03-03 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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