北朝鮮木造船が原発に漂着・・・漂流?脱北?それとも・・・



島根に“北からの漂着ルート”あった!

2009年2月ごろ、島根・隠岐島に不審な木造船打ち上げられる 文字や形が漂流船と酷似

以下は昨年11月ごろに準備していたエントリである。

漂着:木造船の一部、美浜原発敷地の岩場に /福井

 26日午前9時5分ごろ、美浜町丹生の関西電力美浜原発から、「敷地の岩場に、朽ち果てた木造船があるのを監視カメラで確認した」と、敦賀海上保安部に通報があった。

 同海保によると、船籍を示すものはなかったが、船底の形状から韓国か北朝鮮の漁船とみられる。漁具などは残っていなかった。美浜原発によると、木造船の漂着は珍しいという。

ついこの間まで、脱北船のニュースが世の中を騒がしていた。

関連エントリ:脱北船再び。海保が保護、曳航。

しかし、今回は原発という場所である。当然ながら、単に流されて打ち揚げられただけではない、ということも考えられた。要は「工作船」ではないかという疑いだ。

 同海保職員が駆け付けたところ、壊れた木造船の船底部分(長さ約4・9メートル、最大幅約1・25メートル)が岩場に打ち上げられていた。巡視船「えちぜん」で周辺海域を10~20キロの範囲で捜索したが、他の船体部分や不審な船などは確認できなかった。

海上保安庁もその危険性を考えてか、不審な船を捜索している。このような小型船が単独で日本までわたってくるのは困難だ。それゆえ、日本までたどり着く脱北船はこの間の事件のように極めてまれだ。「工作船」であれば、近くまで母船でやってきていることが考えられる。東シナ海に沈んだ北朝鮮工作船も船尾部分に小型船格納庫があった。

 もっとも、その懸念は空振りだろう。流れ着いたのは木造船の一部、船底部分だけで、そのほかの部分もない。韓国か北朝鮮の沿岸漁業で使用される小型船が流されその途中でばらばらになったか、打ち捨てられるままに流されてきたか、そういったことだろう。しかし、この船底が日本海の荒波で破壊された小型船だと思うと、先日無事保護された北朝鮮脱北一家の命運も一寸違えばどうなっていたか分からない。ぞっとする。

 以前のエントリでも、多くの原発には監視用水上レーダーが備えられていると書いてきたが、基本的に陸上設置型の水上レーダーも船舶用と変わりはない。木造で小型、今回の場合はその一部というか破片である。レーダーで捕らえられなかったのも当然だ。結局、監視カメラによって発見された。

関連エントリ:木造小型船・密航者捕捉の難しさは領海警備の「盲点」ではなく「常識」

「原発の敷地」「岩場」がどのような場所を指すのかは不明だが、取水・排水口などの周囲は防波堤やフェンスで囲われていると思われる。原発の施設、建屋そのものに近いところというわけではないようだ。

実は原発の警備体制については今後エントリを作成する予定なので、ここでは深く掘り下げない。

注目すべき点は、北朝鮮から漂着してくるフネについてである。いや、流れ着くのはフネだけではないのだが・・・

過去の新聞を調べてみるとこういった事例は多い。

日本海を漂流50日 北朝鮮漁船の4人救助 福井県沖(朝日新聞 1996年2月22日)

 福井県丹生郡越前町の越前岬の西約三十キロの日本海で二十日午前九時半ごろ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の漁船「ズソ6052」(一四トン、パク・ソンイル船長ら四人乗り組み)が漂流しているのを地元の底引き網漁船が見つけ、敦賀海上保安部に連絡した。巡視船艇五隻が現場に向かい、約一時間半後に乗組員四人を救助、同夜、敦賀市内の病院に収容した。漁船は敦賀港にえい航された。乗組員は五十日間、日本海を漂流していたらしく、四人ともかなり衰弱していた。
 同保安部の調べでは、同漁船は去年十二月三十一日夜、同国北東部の羅津(ラジン)港を出港。沖合でタラ漁中の一月二日、しけに遭ってエンジンが故障し、直線距離で約八百キロ、日本海を漂流していたとみられる。船内には水揚げした魚も残っておらず、乗組員が食べ尽くしたらしい。パク船長は「十日ほど前から何も食べていない」と話しているという。
 巡視船が収容した時、乗組員四人は漁船内でぐったりと横になったままだった。診察した市立敦賀病院によると、四人は脱水と低栄養で衰弱していたが、約一週間で回復する見込み。




50日漂流の北朝鮮漁船員、4人が帰国へ(朝日新聞 1996年3月5日)

 漁船が故障して日本海を約五十日間漂流し、福井県沖で敦賀海上保安部に救助された朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のパク・ソンイル船長(三七)ら乗組員計四人は四日、敦賀港へ臨時寄港した北朝鮮の貨物船「トゥルボン」で帰国の途についた。一四トンの漁船も一緒に積み込まれた。
 四人は二月二十日に救助された際、栄養不足と脱水のため、自力で座ることもできなかったが、敦賀市内の病院で手当てを受けて数日前から一人で歩けるまでに回復。四日、退院した。




北朝鮮船が遭難 米国船、3人救助 日本海・隠岐島沖(朝日新聞 1998年1月10日)

 第八管区海上保安本部(京都府舞鶴市)に入った連絡によると、九日午後零時半ごろ、島根県・隠岐島西北西約百二十キロ沖合の日本海で、米国の液化石油ガス(LPG)タンカー、コーン・コピア(二一、六六八トン)が救命いかだに乗って漂流している三人を救助した。
 三人は元気で、同タンカーはアラスカへ向かっている。
 調べによると、三人は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の漁業者で、今月一日に北朝鮮東岸の通川(トンチョン)から鋼船で出漁し、荒天のため漂流したという。タンカーの航行の途中で北朝鮮側の船が三人を引き取りにくる予定という。
 八管所属のヘリコプター一機と巡視船二隻が出動した。付近海域では半没状態の木造船が七日に発見され、九日には長さ約十メートルの鋼船が漂流しているのが見つかっており、三人の漂流者との関係を調べている。


このエントリーをはてなブックマークに追加
2012-01-13 : 北朝鮮問題 : コメント : 0 : トラックバック : 0
Pagetop
コメントの投稿
非公開コメント

Pagetop
« next  ホーム  prev »

FC2カウンター

Lc.ツリータグリスト

ブログ内検索