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一年と2ヶ月が過ぎた被災地における海保の活動

日本を襲ったあの災害から既に1年と二カ月が経過した。被災地から離れた地に住む人々の関心は薄れ、もっぱら原発・電力問題や放射能汚染問題ばかりがメディアを賑わせている。

だが、現地では今もあきらめずに捜索を続ける人々がいた。警察と海保である。

震災不明者を一斉捜索 宮古署と海保合同で

 宮古署と宮古海上保安署などは9日、合同で震災の行方不明者の一斉捜索を行った。震災発生から1年2カ月となる11日を前に、参加者は宮古、山田両市町の海上と陸上で遺品や遺骨を捜した。
 捜索場所は陸上が同市重茂地区と同町船越地区、海上が宮古湾、同市重茂地区、船越湾。同町船越では、地元の交番所員ら計10人が海岸沿いの岸壁や沢周辺を調査したり、とび口を使って砂の中や山林を捜した。

 同日は同市重茂の砂浜や山林で骨のようなもの十数本が見つかった。人のものと分かればDNA鑑定する。

  宮古署管内では1日現在、250人が行方不明となっており、昨年9月15日に同町で発見されて以来、遺体は見つかってない。



震災不明者を宮城沿岸で集中捜索 海上保安部

 東日本大震災発生から1年2カ月となった11日、宮城海上保安部は宮城県内の沿岸で、行方不明者を約110人態勢で集中捜索した。警察庁によると、県内の行方不明者は9日現在で1581人。
 捜索には巡視船などが出動。浅瀬ではゴムボートを使うほか、ソナーで海底に車などが沈んでいないか確認した。
 石巻市十八成浜では巡視船まつしまの乗組員35人がゴムボート2隻と警備救難艇1隻で湾内を捜索。気仙沼湾などでも実施され、飛行機やヘリコプターで空からも捜した。〔共同〕


震災不明者を集中捜索 宮城沿岸、110人態勢

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ゴムボートで行方不明者を捜索する宮城海上保安部の職員
=11日午前、宮城県石巻市十八成浜


震災から1年2か月、宮城で不明者集中捜索

 11日の集中捜索は、石巻や気仙沼など県内6つの海域で110人が参加して行われた。このうち石巻市十八成浜では、海中探査用のソナーをつけたゴムボートに隊員が乗り込み、漁港付近の海中を調べた。

 8日に県が公表した死者は関連死も含めて1万162人、行方不明者は1581人となっていて、宮城海上保安部は今後も毎月11日に集中捜索を行うことにしている。(05/11 23:36)


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巡視船「まつしま」は「あの日」洋上にて津波に遭遇し、その時に撮影された映像は世界中を駆け巡った。上記写真に写っているRHIB/GB(PL126-M3)と動画の高速警備救難艇(PL126-M1)は巡視船「まつしま」搭載艇である。動画ではRHIB/GBに搭載されたソーナーの様子がよくわかる(座席の本体表示部と船首のセンサー部)。ソーナーは、以前当ブログで掲載したHDSのようだ。

関連エントリ:今年最後の大捜索、ソナーと水中ロボットROVも投入。しかし・・・

「しれとこ」型は順次更新されており残り少なくなってきた。同型に所属する「まつしま」も解役される日は近いだろう。震災不明者の捜索が最後の大仕事、奉公となるのではないだろうか。

大震災1年2か月 行方不明者の集中捜索

このうち釜石港では警察官と海上保安官あわせておよそ80人が出動式を行い、湾内には巡視船が出て、潜水士6人が深さ16メートルほどの海に向かいました。きょうは波が高く海中の視界も悪い中での捜索となりましたが潜水士たちは何とか不明者の手がかりを見つけようと潜水を繰り返しました。巡視船きたかみの宮本順之船長は「我々海上保安庁としては引き続き行方不明者をご家族の元へ早く戻したいと考え、一所懸命我々にできることを今後もずっと続けていきたい」と話していました。

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上記ニュース映像で写っているオレンジ色のボートは巡視船「くりこま」の潜水支援艇(PL06-M1)だ。同船は当直のみの停泊時に津波が襲来、そのまま流され座礁した。船底などの損傷は厳しかったが、長い修繕工事から復旧し今ではこうして捜索作業に当たっている。くりこま潜水班は本船が被災し運用不能となっても被災直後から捜索救援活動を実施していた。

巡視船「きたかみ」(PM02)は地震発生とともに緊急出港するも、釜石湾内で津波に遭遇。懸命の操船で切り抜けた。その時の緊迫した船内のやりとりも映像に残されている。同船も「まつしま」と船齢が近いため解役は、そう遠くない。

東日本大震災:釜石、大槌湾内で行方不明者を集中捜索

 釜石港で全員が海上を向いて犠牲者に黙とうをささげた後、湾内の沿岸部や河川などを陸と海から捜索した。釜石海保は巡視艇を出し、宮城海保から出向の潜水士チームも加わった。釜石市の公共ふ頭近くの海底を捜索した潜水士の小野寺真人さん(26)は「視界は約1メートルと良好とはいえないが、行方不明者をなんとか見つけ、お帰ししたいという気持ちです」と話した。捜索で、運転席がつぶれた状態の車を発見、車検証を引き上げた。

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岩手県警釜石署と釜石海上保安部により、実施された東日本大震災・行方不明者の合同集中捜索を前に、
海上に向けて黙とうをする捜索員ら=岩手県釜石市港町の釜石港官庁専用桟橋で2012年5月11日、高尾具成撮影



海保と警察の捜索活動は、震災から1年を機に各地で順次実施されている。先月、報じられている捜索活動の一部だけで以下の通りだ。

海保、県警合同で懸命の捜索 震災月命日に

釜石海上保安部と県警は東日本大震災の月命日の11日、陸前高田市などで行方不明者の集中捜索を行った。震災から1年1カ月、県内では今なお1225人が行方不明(11日現在、県警まとめ)。被災者は帰らぬ家族を切実な思いで待ち続ける。職員らは「不明者がいる限り、震災当初と変わらぬ思い」と懸命に活動したが、この日は新たな発見に至らなかった。

 海保は巡視船など4隻、35人態勢で活動。陸前高田市の広田湾ではソナーで海底を探り、車や家屋らしき物体の場所を記録しながら捜索を続けた。

 釜石海保警備救難課の阿部富二専門官は「一人でも多くを家族の元に帰したい」と思いを込めた。

 県警は宮古署42人、大船渡署35人態勢で、同市と大船渡市、宮古市、山田町で海沿いの陸地を中心に、小さな岩やがれきの裏などを丁寧に調べた。一方井文彦宮古署長は出動式で「被災者の気持ちに応えるよう、懸命に取り組んでほしい」と激励した。

 今月上旬の低気圧通過で海が荒れたことから、新たな発見も期待されたが、同日は見つからなかった。


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【写真=ソナーを使い、海底を捜索する釜石海上保安部職員
=11日、陸前高田市・広田湾】


東日本大震災:行方不明者の一斉捜索行う--南相馬・小高区 /福島

毎日新聞 2012年04月24日 地方版

 県警は23日、警戒区域解除後、初めて南相馬市小高区で、福島海上保安部も加わり、行方不明者の一斉捜索を行った。

 捜索範囲は津波被害を受けた新地町からいわき市までの沿岸部。満潮と干潮の差が大きい大潮期間中を狙い、干潮時間帯(午前11時前後)に約120人を動員した。


1年ぶり、大沢漁港周辺の海中捜索 気仙沼・唐桑

 宮城県気仙沼海上保安署などは24日、東日本大震災の行方不明者捜索の一環として、気仙沼市唐桑町の大沢漁港周辺で約1年ぶりとなる海中捜索をした。
 近くの小原木地区で6人が行方不明になっているという情報を元に、宮城海上保安部所属の巡視船「くりこま」のダイバー6人が潜水した。水温5度の海中を何度も潜り手掛かりを求めたが、この日は不明者は見つからなかった。
 潜水班長の藤田伸樹さん(37)は「まだ見つかっていない人は多くいる。物が見つかれば身元の判明にもつながるので、できる限り捜したい」と話した。25日も大沢漁港で捜索する。

2012年04月25日水曜日

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港内を捜索する宮城海上保安部のダイバーら

1年を越す月日が経っても、被災し大切な人を失った人々には何の節目にもなりはしない。しかし、そうした月日を捜索に当っていた海保にとっては一年は一つの契機となった。事実上の捜索体制の縮小である。

震災不明者捜索、全国の海保巡視船派遣は終了へ

 海上保安庁は21日、東北沿岸部で実施している東日本大震災の行方不明者捜索について、全国各地からの巡視船艇などの派遣を今月中に打ち切り、4月以降は宮城県塩釜市の第2管区海上保安本部が単独で継続すると発表した。

 海保は震災発生以降、最大で1日あたり巡視船艇54隻、航空機19機を投入して東北沿岸の1024か所を捜索。これまでに395人の遺体を収容し、うち52人を潜水捜索で発見した。今後は、2管本部の巡視船艇20隻、航空機5機程度で捜索を続けるという。

 派遣終了は、東北沿岸の全港湾で捜索を行ったことや、尖閣諸島周辺の領海警備などに船艇を振り分ける必要があることから決まった。鈴木久泰同庁長官は21日の定例記者会見で、「まだ多くの行方不明者がおり、震災対応の柱として、今後も捜索を続けていきたい」と話した。

(2012年3月21日20時17分 読売新聞)

米軍、自衛隊、消防援助隊、警察広緊隊が順次任務終了、撤収する中、全国からの派遣を長らく維持し続けた海保もようやくその体制を終了した。他の機関に比べ人員規模が小さい海保にとっては驚異的な派遣期間だったといえる。これは津波という沿岸部における大規模な災害で行方不明者の大部分が海にさらわれたと考えられている点や、地元を管轄する第二管区海上保安本部自身が深刻な被害を受け本来になうべき通常の任務を維持できなくなってしまっていたことなどが挙げられる。実際、行方不明者の捜索活動だけではなく、哨戒活動や洋上救急待機などの業務も派遣巡視船は行っていた。一方で、他の管区での任務が減ることはない。そのため潜水士や指定船の不足のほか、特に尖閣諸島などの哨戒警備活動でも支障が懸念されていた。派遣され捜索に当っている潜水士や乗員などの海上保安官には継続したいという真情も合ったかもしれない。

しかし、事実上の体制縮小である反面、これは二管が復旧しつつあるという兆しでもある。




本来、震災から1年ということで2ヶ月前にはこうしたエントリを作成してアップしておくべきだったのだが、年度末であったため叶わなかった。そこで、遅ればせながら3月までに報じられた被災地での海保の活動と、震災から10ヶ月目に準備していたエントリ内容をここに掲載する。

3・11東日本大震災から1年 あの日、あの時から-

その日、なついは定期整備中で、坂本さんは非番だった。同僚の送別会のため、待ち合わせ場所となった小名浜の庁舎に自転車で向かう途中、突如、歩道の植え込みに放り出された。一瞬、何事が起きたか理解できなかった。顔をあげると道路がうねり、電柱や建物が大きく揺れている。近くのカラオケ店から女性が飛び出し、恐怖におびえ泣き出した。
最悪の事態を考え、急いで巡視船へ。息を切らして船に着くと、近くの庁舎から避難を呼び掛ける声が聞こえた。「津波が来てる。退避しろ!」。急いで庁舎に駆け上った。
 長く苦しい闘いが幕を開けた。人命救助に乗り出そうとするが、沿岸は漂流物や海底に異状物があるために船が近寄れず、事前に陸上から踏査をしなければならない。坂本さんは志願した。地元出身で地の利がある、ぜひやらせてほしい――。
想像を絶する光景が広がる中、がれきの山をかき分ける。先に到着した自衛隊が、泥にまみれ息を引き取った犠牲者の顔を優しくふき取る。壮絶な現場。多くの遺体と向き合った。そして東京電力福島第一原子力発電所事故。目に見えない恐怖と闘いながら、1週間、2週間、そして1カ月と現地を踏査し、仲間に貴重な情報を伝え続けた。海保の活動の裏には、坂本さんたちの努力があった。




東日本大震災から11カ月 不明者いまだ3300人

 東日本大震災は11日で発生から11カ月。連日氷点下に冷え込む被災地で、警察や海保などは懸命な捜索活動を続けているが、10日時点で行方不明者は、岩手、宮城、福島など6県でなお3305人に上る。

震災11か月 不明者捜索続く

捜索に先だって、津波で警察官が殉職した陸前高田市の交番の跡で黙とうし、このあと警察官が砂浜や河口付近の茂みなど、目の行き届きにくいところに手がかりになるものがないか捜していました。
また、海上保安部は巡視艇や小型のボートを出して、海上からの捜索にあたり、午後からはダイバーが水中に潜って捜索を行うことにしています。
岩手県警察本部によりますと、県内では10日現在で1316人の行方が分かっていません。



岩手沿岸で行方不明者を合同捜索 県警と釜石海保

 捜索には鹿児島と横浜から応援に来ている巡視船2隻が出動し、海保の潜水士や大船渡署の警察官ら約90人が参加。警察官は陸前高田市から大船渡市にかけ海岸線を中心に徒歩で不明者を捜し、潜水士らは沈んだ車両など海中を中心に捜索したが、遺体は見つからなかった。

 釜石海保によると、震災の発生から1月末までに、延べ608回の潜水活動を実施。全国からの応援を含む延べ3702人の潜水士らが活動し、130人の行方不明者を発見した。

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 海中を捜索する海上保安庁の潜水士=11日午後、岩手県大船渡市

震災2遺体発見 大船渡と釜石で

 大船渡市と釜石市で9日にかけ、東日本大震災の行方不明者とみられる遺体2体が相次いで見つかった。県警が身元の特定を急ぐ。

 釜石海上保安部によると、大船渡市の大船渡港で8日午後、海上保安庁潜水士が海底に沈んでいた車の中に遺体を発見。9日午後に車を引き揚げ、遺体を大船渡署に引き渡した。

 車は大船渡魚市場の北約140メートルの、水深約2メートルの海底に沈んでいた。遺体は後部座席に横になった状態だった。成人とみられるが性別は見分けがつかず、着衣はぼろぼろの状態だった。10日以降に司法解剖を行う。



【震災】今も3200人不明 大川小周辺で大規模捜索

 捜索は、警察や海上保安部など合わせて200人態勢で行われています。宮城・岩手・福島の被災3県では、現在も3200人余りが行方不明です。児童の7割が犠牲となった大川小学校の近くでは、約100人がせき止めた川の底に堆積した泥をかき分けるなどして捜索にあたっています。捜索態勢は半年を節目に縮小していて、20日の捜索は大川小の保護者の要望を受けて実現しました。


東日本大震災:岩手・釜石市の要請で4機関一斉捜索

 東日本大震災1年を前に20日、岩手県釜石市で行方不明者の一斉捜索が始まった。「一人でも多く家族の元に」と市が海保、港湾事務所、警察、消防に要請し、初めて4者による150人体制の合同捜索となった。29日まで続けられる。

 同市港町であった開始式で野田武則市長は「行方がわからない人も多くいる。家族の期待に応えたい」と述べ、海保の潜水士が水温3度の海中に潜った。同市では現在も159人の行方が分からない。



釜石港中心に集中捜索

東日本大震災発生1年を前に、釜石海上保安部は20日、釜石市内で行方不明者の集中捜索を始めた。

 海保職員らが同市港町の公共埠頭(ふとう)で黙とうした後、ダイバー7人が釜石港の魚市場周辺の海中を捜索。同港は漁船や貨物船の往来が多いため、海保はこれまで市内のほかの港や海岸での捜索を優先していた。捜索は今月末まで、釜石港を中心に行われる予定。

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釜石港内で行方不明者の捜索をする海上保安官ら(20日)

「3.11」を前に 釜石で行方不明者の一斉捜索

 一斉捜索は釜石海上保安部、釜石署、国土交通省釜石港湾事務所、釜石大槌地区消防本部、釜石市の5機関、計約150人態勢で行う。釜石港公共埠頭(ふとう)であった開始式で、野田武則市長は「市の行方不明者は、いまだ159人に上る。家族の期待に応えてほしい」とあいさつした。
 初日は、これまで捜索していない釜石港公共埠頭北側の海底を中心に実施。釜石海保と応援の横浜海保の巡視船など4隻とヘリコプターが出動し、潜水士7人が海に潜った。横浜海保の潜水士坂上悠さん(25)は「一人でも多く家族の元に返せるよう、一生懸命頑張る」と話した。


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行方不明者を捜索する潜水士ら=20日午前9時45分ごろ、釜石港

写真に写されている高速警備救難艇は巡視船「いず」(PL31)搭載のものだ。おそらく震災発生一年を前に海保としては総力を挙げて捜索活動を行ったのだろう。「いず」は3管所属の災害対応型巡視船であると同時に、最大の救難強化指定船でもある。

こうした捜索活動の結果、ふたたび遺体発見に至った。

震災犠牲者か、海底に遺体 大槌・船越湾

 23日午後2時40分ごろ、大槌町の船越湾の水深約13メートルの海底で、海保の潜水士が遺体を発見し、釜石署に引き渡した。同署は東日本大震災の行方不明者の可能性もあるとみて身元の特定を急ぐ。

もちろんこうした活動を行ったのは「いず」だけではない。下の記事からは鳥羽海保の「いすず」が派遣されていたことが分かる。

【釜石】不明者発見へ懸命に 一斉捜索が終了

 東日本大震災発生から丸1年を迎えるに当たって大規模に行われた釜石市の行方不明者一斉捜索は29日で終了した。「絶対にあきらめない」と海保潜水士らが身を切るような寒さの中、海へ潜り続けたが、20日からの期間中は大きな成果は上がらなかった。今後も通常態勢で手掛かりを捜す。

 鳥羽海上保安部(三重県鳥羽市)に所属する巡視船「いすず」の潜水士8人は、釜石港北側の岸壁付近で約300メートルに及ぶ範囲で捜索。8人は船上で位置などを確認した後ゴムボートに乗り込み、勢いよく海中へ飛び込んだ。

 水温2・4度の海中を深さ15メートル近くまで潜った小木曽健潜水士(33)は「とたんや家財道具などのがれきが見えた。一人でも多くの方を見つけられるよう、しっかりと捜索を進めていく」と力を込めた。

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【写真=捜索前に入水方法や潜水位置について確認し合う巡視船いすずの潜水士=釜石市・釜石港】

AFPはこうした捜索活動を以下のような記事に纏めた。

東日本大震災、遺族の心情を思いやる捜索者たち

【1月31日 AFP】東日本大震災の被災地沖では鉛色の冬空の下、今日も海上保安庁の巡視艇が行方不明者の捜索を続けている。この灰色の海のどこかに、数百、あるいは数千の遺体が、まだ誰の目にもとまらないまま眠り続けているはずなのだ。

 海上保安庁の捜索は毎日続く。宮城県沖では魚網に男性の遺体の一部が引っかかっているのが見つかった前年11月を最後にしばらく遺体は見つかっていなかったが、1月末に女川(Onagawa)町沖で漁船が漂流遺体を発見し、連絡を受けた海上保安庁が収容した。死因は不明だが津波の犠牲者の可能性がある。

 海上保安庁の巡視艇「しまかぜ(Shimakaze)」の鈴木義史(Yoshifumi Suzuki)機関長は、「我々がやらなければ、誰も他にやりません。最後の1人が見つかるまで探したいんです。任務だからじゃなく、『探して家族のもとに届ける』という気持ちがある」と語る。「心の中から家族の思いが消えるわけはないんだけど、その人が生きていた証拠がほしいんじゃないかと…(それなしには死を)本当に現実として受け入れられないんじゃないかと思う」



本来この時期に、アップするつもりでエントリを用意していたのだが先延ばし先延ばしでついに、震災から1年と2ヶ月が経ってしまった。いまさらな内容ではあるが、そのとき用意していた状態でここに掲載する。





今週11日、東日本大震災から10ヶ月が経過した。
しかし、復興には程遠い。なによりその中心となるはずの「復興庁」そのものが出来ていないことがそれを示している。

政治家が空疎で無意味な議論に明け暮れている一方、現場ではこの10ヶ月変わらずに続けられている「戦い」があった。行方不明者の捜索だ。

宮城・岩手の両県では県警特別捜索隊員と地元署員が未だに見つからない人々を懸命に探している。今後も続けられるとのことだ。

震災から10か月…県警、行方不明者を捜索

 東日本大震災から10か月となった11日、被災地では犠牲者の冥福を祈って手を合わせる姿が見られ、復興を祈るイベントも開かれた。県警は気仙沼市沿岸で行方不明者の集中捜索を行った。

3月中旬まで週2回実施 県内の行方不明者は11日現在で1805人に上る。昨年12月の発見は2体にとどまり、同13日以降は見つかっていない。捜索はこれまでも県警の潜水隊などが不定期で行ってきたが、今後は3月中旬まで原則火曜と木曜の週2回、定例化して行うことになった。

 初日のこの日、県警の特別捜索隊と気仙沼署員の計20人は、海に向かって黙とうした後、岩井崎地区の海岸線約3キロを歩き、消波ブロックのすき間や岩場などをくまなく捜した。

震災10か月、県警の不明者捜索続く

 東日本大震災から10か月の11日、県警機動隊員と大船渡署員らが陸前高田市などの被災地で行方不明者の捜索を行った。

 同市では、署員と隊員計29人が被災したホテルや漁港などを捜索したが、発見に至らなかった。同署は昨年10月から、毎月11日を集中捜索日とし、大船渡、陸前高田市沿岸部で行方不明者の捜索を続けている。

 県警によると、11日現在、県内の行方不明者は1368人。市町村別では、大槌町が505人で最多、陸前高田市は298人。県警は10日までに4667人の遺体を収容、このうち4514人の身元が判明している。


言うまでもないがこうした捜索活動を続けているのは、警察だけではない。何度かお伝えしてきたように海上保安庁も年末から現在も正月を返上して捜索活動を継続している。

極寒の海で不明者捜索続く

 宮城県石巻市小渕浜の港で5日、海上保安庁ダイバーによる東日本大震災の行方不明者捜索が行われた。

 気象庁によると、捜索時の同地の気温は0.9度。10.7メートルの強風が吹く極寒の海に、4人が飛び込んだ。被災地沿岸の海中捜索は、正月も休みなく続けられている。



不明者の捜索に全力 釜石海保が出動式

 釜石港岸壁であった式には、職員ら約40人が参加。竹野次郎釜石海上保安部長が「岩手県内では、東日本大震災の行方不明者が依然1300人以上いる。これまでの経験と被災者の心情を忘れずに、引き続き捜索に当たってほしい」と訓示した。
 この後、同海保所属の巡視船「きたかみ」、巡視艇「きじかぜ」が、それぞれ県沿岸、釜石港内の警戒に出動した。
 岩手県沿岸は、漁業が再開するなど徐々に復旧している。同海保は、震災に伴う行方不明者の捜索と併せ、船舶の安全な航行や密漁の取り締まりにも力を入れる。

ご存知の方も多いだろうが巡視船「きたかみ」は洋上で津波に遭遇した船だ。そのとき撮影された映像はネット上でかなりの反響があった。


 また、二管も被災者を支えるはずの他の行政機関と同様、大きく被災している。このときの様子は4ヶ月ほど前に出された海上保安庁の広報誌「かいほジャーナル」で詳しく知ることが出来る。

東日本大震災:「かいほジャーナル」で震災特集 被災地の海で2管の活躍続く /山形

 海上保安庁は季刊情報誌「かいほジャーナル第47号」で東日本大震災を特集している。「3・11」から半年がたつ今も懸命に活動する第2管区海上保安本部(2管、宮城県塩釜市)を紹介している。

 2管は東北6県の沿岸・海上を管轄している。震災特集の内容は3・11地震発生~そのとき対策本部は?▽被災~空港は波に飲まれ基地機能は停止した▽捜索は今も続く--を三つの柱にしている。


かいほジャーナル第47号 【特集】 東日本大震災

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実を言うと、二管自身も多くの被災者・被災自治体と同様、未だ完全に復活が出来たといえる状態ではない。そのため、他管区からの応援派遣は今でも引き続き行われている。

巡視船そうや、震災不明者捜索へ出港 釧路

釧路海保の巡視船そうやが26日、年末年始に東日本大震災の被災地行方不明者の捜索に当たるため、釧路港を出港した。

 正月返上で任務を担う乗組員約50人を前に、釧路海保の菅原規之部長が「まだ3千人を超える行方不明者がいる。被災者の声に応えられるよう、業務に当たってほしい」と訓示。乗組員たちは手早く出港の準備を進めた。そうやの野田政宏船長は「一人でも多くの方を、遺族にお引き渡ししたい」と話した。

 そうやはこれまでに被災地へ3度赴き、計56日間、活動した。今回は1月中旬まで東北沖で、搭載のヘリコプターも運用して捜索を進める。

こうした応援の巡視船派遣は各管区がローテーションを組んで行っている。だが、こうして「そうや」を派遣した一管をはじめとした各管区も余裕があるわけではない。特に減り搭載型巡視船は各管区に1隻ないしは2隻しか配備されていない。

 一管には砕氷能力のある巡視船は2隻しかなく、ヘリ運用可能となると「そうや」ただ一隻のみである。三・四管区は重要都市港湾と広大な太平洋を管轄し、「しきしま」「みずほ」「やしま」のヘリ2機搭載型巡視船がローテーションを組んで小笠原から沖ノ鳥島までを哨戒対象としている。最近も広域哨戒中の「しきしま」がサンゴ密漁中国漁船を拿捕した。

五管の「せっつ」は現在海賊対策のため海外派遣中である。

日本海側を管轄する管区は北朝鮮対策、東シナ海を管轄する管区は尖閣諸島警備・中国対策など重要海域を挙げていけばきりがない。

ただ、こうした巡視船の派遣、そしてそれに伴う行方不明者の捜索と警察の検視が家族との再会に繋がった例もある。

お母さんの元へやっと行けるね 男児遺体の身元判明

東日本大震災後の4月下旬に福島県相馬市沖で発見された子どもの遺体が、宮城県警の調べで約9カ月ぶりに福島県双葉郡の男児=当時(5)=と確認され、24日、遺骨が祖父母に引き渡された。関係者によると、男児は母親と共に津波の犠牲になったとみられ、母親は既に火葬されたという。男児の遺骨を供養してきた寺の関係者は「やっとお母さんのところに行けるね」と、男児の冥福を祈っている。

 男児の遺体は昨年4月25日、海上保安庁の巡視船が発見。遺体安置所となった宮城県角田市の旧角田女子高に運ばれ、宮城県警が検視した。身長などから5~10歳と推定されたが着衣や所持品はなく、身元の特定は難航した。

 宮城県警によると、男児は県警が検視した子どもの遺体の中で、ただ1人、身元が判明していなかった。県警は岩手、福島両県警と情報を共有。家族も同時に亡くなった可能性があるとみて、犠牲者のDNAとの照合を重ね、身元特定につなげた。

被災地以外では大きく報じられないこうした地道な捜索・検視活動は決して無駄ではないのだ。





二管や各地の保安部が復活しつつある一方、現地の水産業の復興は未だ途上だ。そうした間隙を突いて密漁などの犯罪が横行している。被災地ではATMや金庫の盗難破壊が相次いで起きていたが、そうした火事場泥棒的犯行が海にまで広がってきた。しかも、悲しいことに犯人には被災者も含まれている。

しかし、だからといって司法の手を緩めるわけには行かない。大多数の被災者は復興を目指して努力しているのだ。そんな中で犯罪に手を染めることを見逃すことはない。

被災漁師、サケ密漁容疑 宮古海保が3人摘発

 宮古海上保安署は22日までに、漁業法違反(密漁)などの疑いで、東日本大震災の被災者で重茂漁協組合員の男性3人を摘発し、任意で事情を聴いている。

 同署などによると、3人は共謀し、20日午後8時ごろ、宮古市の音部漁港から約1キロ沖合で、無許可で固定式刺し網漁を行い、サケ8匹などを採った疑い。警戒中の署員が操業中の3人を発見した。売却目的だったという。

 3人は津波で船が流された被災者で、壊れた船を修復し密漁していたという。同漁協の組合員の収入は震災前の約10分の1になっていた。今季はサケが不漁な上、この時季は地元特産の新巻きザケの需要が見込まれ、サケの価格が高騰している。同署管内で被災者の摘発は初めて。



被災地でアワビ“密漁” 容疑で住吉会系暴力団組員の男ら3人を逮捕 宮城海保

 東日本大震災で被災した宮城県石巻市の漁港で、密漁したとみられるアワビ約433キロ(4048個、時価約340万円)を違法に所持したとして、宮城海上保安部は11日、宮城県漁業調整規則違反の疑いで、石巻市あけぼの、職業不詳で指定暴力団住吉会系組員、鎌田俊昭容疑者(45)ら男3人を逮捕。12日に仙台地検に送検した。3容疑者とも「釣りをしていただけで、アワビなんて持っていない」などと容疑を否認している。

 3容疑者が小型船で同港に入港し、洋上の浮球にアワビをつるしている様子を、警戒中だった海上保安部のボートが発見。職務質問をしようとしたところ、車で逃走したが、11日に石巻海上保安署に出頭してきたという。



密漁?アワビ6231個、石巻沿岸のコンテナに

 宮城海上保安部は1日、宮城県石巻市の牡鹿半島君ヶ金崎(きみがねさき)沿岸の浅瀬で、コンテナに入ったアワビ6231個(約1100万円相当)を発見したと発表した。

 付近は漁場から離れ、アワビの通常の保存方法ではないことなどから、同保安部は密漁事件として調べている。

 発表によると、仙台航空基地のヘリが2月28日午後、沿岸部を巡回中、君ヶ金崎沿岸の水深約5メートルの海底に、青色のコンテナ(容量45リットル)計39個を発見。密漁されたとみられるアワビ計約750キロ・グラムが入っており、同保安部では同県職員立ち会いの下、沿岸で放した。

密漁アワビ6千個押収

 海保は昨年10月、石巻市でアワビ約4千個を密漁した疑いで男3人を逮捕。11月からパトロールを強化していたが、密漁を疑う通報が相次いでいるという。

 県漁協や県によると、昨年の水揚げは東日本大震災の影響で前年の3割にとどまり、放流もできなかった。県漁協は「震災に密漁の追い打ちを加えられている。監視を強めたい」としている。




海保の震災後の活動は行方不明者捜索だけに留まらない。海洋情報部は大陸棚調査でも発揮された技術や能力を使い海底地殻の動きを精密に観測し、今後同様に大規模な地震の発生に備える体制を整えるという。

海底地殻変動観測点を倍増 南海・東南海の震源域カバーへ 海上保安庁

 海上保安庁は、海底の地殻変動を観測するための「海底基準局」を南海トラフ沿いに新たに8地点増設することを決めた。同トラフ沿いの基準局は従来の7地点から15地点になり、将来発生が予想される東海、東南海、南海地震の想定震源域をほぼカバーできる。海底観測や地震予測の向上に効果が期待される。

 海保によると、新たに設置するのは、東南海地震の想定震源域に2カ所、南海地震の想定震源域に4カ所、さらに同トラフ西端の日向灘に2カ所。うち4カ所はすでに設置されている基準局の陸側で、残りは空白地帯だった。

 設置作業は1、2月に実施。底引き網に引っかからないよう、水深1千~2900メートルの平らな海底を選び、高さ1メートル、直径80センチの円筒形の装置を1カ所につき3、4個設置する。

 海底の地殻変動の観測は、海保の測量船を使って行う。測量船の位置を複数の衛星利用測位システム(GPS)で正確に特定したうえで、測量船から海底基準局に向けて音波を発射し、反響で距離を計測。これを繰り返すことで、基準局の位置の変化をセンチ単位で観測する仕組みだ。

 大震災後の観測で、震源のほぼ真上にあった基準局は東南東に約24メートル、この基準局から陸側に約50キロ地点の基準局は約15メートル移動したことが判明している。海上保安庁海洋情報部は「今回の基準局の増設で面的な観測ができるようになる。過去のデータと合わせ、南海、東南海などの地震の予測に生かすことができれば」としている。

海保、海底地殻変動の観測強化 「基準局」8カ所増設へ

 海上保安庁は、海底の地殻変動を観測するため海底に設置している機器「海底基準局」を、東海沖から日向灘までの南海トラフ周辺の海底に8カ所増設する作業を始める。海保は「東海、東南海、南海地震の想定震源域全体をカバーできるようになる」と説明。地震メカニズム解明や予測精度の向上が期待される。

海底地殻変動の観測強化=海保

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海上保安庁は、南海トラフ付近の海底地殻変動の観測を強化する。
同庁の測量船「拓洋」と「明洋」が24日に東京を出港、
観測機器(写真)の設置海域を現在の7カ所から15カ所に増やす
=港区に接岸中の「拓洋」で


また、被災地では捜索救援活動の拠点であり司令塔となるべき海上保安部そのものが被災し機能停止に陥った。こうしたことを考慮し全国各地の保安部では災害時のバックアップ施設の確保に動いている。

宇和島海保、災害時は内陸へ避難…東日本大震災教訓に

指揮・命令機能、内陸部の県・市庁舎に

 東日本大震災の津波で、海岸近くに立つ被災地の海上保安部・署が長期間、機能停止に陥ったのを教訓に、宇和島海上保安部(愛媛県宇和島市)は災害時、内陸部の愛媛県や宇和島市の庁舎に指揮・命令機能を一時的に移すことを決め、県や市と協定を結んだ。海保が自治体とこうした協定を結ぶのは全国で初めて。鳥羽海上保安部(三重県鳥羽市)も協定を検討中で、同様の動きが全国に広がりそうだ。

 宇和島海保の庁舎(4階建て)は、宇和島港そばの海抜2・4メートルの埋め立て地にあるが、東海・東南海・南海の3連動地震が起きた場合には4メートル以上の津波が想定され、庁舎の



紋別市と紋別海保、災害時施設使用協定を締結

 紋別海上保安部は22日、大津波など大規模災害により同保安部庁舎が使用できなくなった場合に備えて、紋別市文化会館を一時的機能移転先とする施設使用協定を、紋別市と締結した。こうした取り組みは全道で初めてで、全国でも6番目。同保安部の荒関悦明部長は紋別市に感謝するとともに「地域の安全安心と住民の命・財産の保護のため、紋別市と手を取り合い力を尽くしたい」と決意を述べた。



一方、陸からの視点で見ると、水道・消火栓が使用不可能になった状況では海水の利用が重要だ。その効果は福島第一原発でハイパーレスキューのスーパーポンパーが証明したといえる。しかし、全ての消防がそのような高性能の機材を有しているわけではない。しかし、各地に配備された巡視船艇には強力なポンプが備わっている。そのため、消防と海保、陸と海との連携訓練も実施されるようになってきている。

陸と海の連携、大地震備え消防と海保が遠距離送水訓練/横須賀

 大地震による断水時に消火活動をスムーズに進めるため、横須賀市消防局と横須賀海上保安部は29日、同市久里浜の久里浜港岸壁で、海水を利用した遠距離送水訓練を行った。

 市南消防署と市久里浜地区消防団、同保安部から計82人が参加。地震で陸上の消火栓が破損した地域で火災が発生したと想定し、同保安部の巡視船「たかとり」と消防車3台が出動した。

 参加者は連携し、同署に配置している口径100ミリのホース(長さ20メートル)を50本つなぎ、巡視船のホースと接続。船のポンプで1分間に2千リットルくみ上げた海水を、消防隊員らが合図とともに岸壁から海に向けて一斉放水した。

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訓練で、巡視船のポンプでくみ上げた海水を放水する消防隊員ら=横須賀市久里浜

訓練に参加した「たかとり」は巡視船といってもタンカー火災などに対処するために建造された特350トン型である。船型は巡視船というよりは救難曳船(レスキュータグ)であり、装備も消防船そのものだ。また、350トンのPMがたでありながら大規模火災などで船隊を指揮する能力まで備えている。もし沿岸部が被災地なら直接、同船が消火したほうが早いのではないかと思えるほどである。


海上保安庁の活動は、被災者の心の支えになるだけでなく新たな希望ももたらしたようだ。

海上保安学校、受験者最多…震災で「役立ちたい」

 海上保安官を養成する海上保安学校の今年度秋採用試験の受験者数が約6800人と過去最多になったことが、海上保安庁のまとめでわかった。

 なかでも第3管区海上保安本部(3管)が管轄する自治体の受験者数はほぼ倍増しており、公務員人気に加え、東日本大震災で海保の活動が関心を集めたと見られる。

 同庁によると、採用試験は全国11管区の海上保安部が所在している都市で行われる。2011年度秋採用試験の受験者数は6812人で前年度比15%増加。うち3管の保安部が置かれている東京都と横浜・静岡両市は981人で同91%増の最大の伸びとなった。

 3管人事課によると、採用試験の面接で「震災で、人の役に立ちたいと思った」と志望理由を語る受験者もいるという。


単に、公務員指向・安定した職を希望しているだけだという声もあるが、そう考えるのならむしろ危険で苦労の多い海上保安官など目指さないだろう。このような公安系公務員を目指す人間には安定した収入が必ずしも魅力と映るとは限らない。本来、警察や消防、自衛隊を目指しているような若者たちの選択肢として海上保安官も確固とした地位を占めるようになったのではないだろうか。やはり、希望者を集めるのは海猿シリーズのようなタレントが活躍する映像ではなく、実際の活動なのであろう。

だが、日本政府が打ち出している政策はこうした希望を打ち砕くものとなっている。

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tag : 海上保安庁 巡視船 高速警備救難艇 東日本大震災 海洋情報部

2012-05-11 : 東日本大震災 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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No title
大震災後 一年以上過ぎました 今の政権の対応を見ていると腹ただしく 怒りを覚えます
更に絆は掛け声ばかりで 瓦礫の受け入れにも各地方自冶体の積極的取り組みもありません 色褪せた絆 今の日本人は魂が抜けたのでしょうか 被災地の方々の怒りを抑えた要求等聞きながら 胸を痛めております
海上保安庁を中心とした捜索 このような動画を地上波
は何故報道しないのでしょうか 毎日夜の19時から10分程度の報道ができないのでしょうか nhkはその義務があるようだが・・・
報道する事で国民一人ひとりが忘れる事なき 共有でき
思いやる心 掛け声だけでも勇気を与え得るものと思う
有難うございました
2012-05-13 16:38 : カミノソノトシモリ URL : 編集
Re: No title
復興庁の設置や実働も遅れに遅れ、いまだ原子力規制庁への改編も行われていない。
これが日本の現状です。

瓦礫についても、なぜ被災地で処理できないのか(処理施設が被災して再建に時間がかかる)
各地に移動させ処理するためにどのような対策を講じているのか、政治が責任を持って
説明すべきでしたが、結局後手後手の対応は自治体と住民の軋轢を生み出しただけ。

そして、いまや国民の・・・というよりもメディアの関心は電力問題。
もう被災地での活動は「全国ニュース」ではなく「地方ニュース」でしかないんでしょうね。
2012-05-15 04:21 : 蒼海管理人 URL : 編集
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